第4話 愛妹の哀

西条凛。

彼女もまた、緋衣島に誘われた超越者の一人である。どのような能力を持っていたのか、その点に関しては未だ不明で、島内でも様々な憶測が飛び交っている。

中学二年生にも関わらず、全てひらがなで書かれた日記。

「お兄ちゃん」に会いにいく、と書き残して使われなくなった日記。

こんな廃墟にぽつりと置かれた、日記。

どう考えても不自然だ。

この不自然さが、事件をさらに謎めかせる。

この日記は何らかの能力の影響を受けている、というのが今のところ最も有力な説だ。

直接的に何らかの影響を受けている──例えば、ひらがなで書かれた文字そのものが能力で書かれている、だとか、本来の日記の上からテクスチャを貼り付けて上書きしている、だとか──という可能性。

そして、日記が間接的に能力を受けている可能性。

凛ちゃん自体が「著しく知能・精神年齢を下げる能力」を受けた、とか。

しかし私は、それが、それらが的はずれな答えだと知っている。

彼女は島に来る前からひらがなで日記をつけていたし、言語能力もさして高くはなかった。簡単に人の事を信じてしまうし、実際それで迷子になることも沢山あった。

だから、これは、この日記は誰かの能力の影響──能力で脅されて監禁されていた、なんて最悪な事態を除けば、だが──を受けた結果ではない。

なぜなら。私は彼女の姉なのだから。


島に来る前、つまるところ幼い頃から凛はとても変わった子供だった。

とても難解な知識を持っている、所謂神童と呼ばれるような一面を持っていたのは確かだが、一方では漢字が書けない、文章に書き起すと決まってまるで幼児の如きことしか書けない。つまるところ、テストという現代の仕組みに、致命的に向いていなかった。

性格も、天真爛漫、おっとりしている、というふたつの側面が同居しており、決して人と争うことの無い、まぎれもなく「人間」が出来ていた少女だった。少なくとも、そう思う。


その彼女に手紙が来たある日。

私がポストを開けると、そこには黒の封筒に、金の縁で彩られた、ただ単なる手紙では無いと人目でわかる手紙だった。

凛に内緒でコソッと開けたはずのだが、文面についての記憶はない。

だが、その手紙が来てすぐ、トントン拍子に凛が緋衣島へ行くという話が決まった。

私は少し寂しく思ったけれど、凛の天才性はここでは発揮できない類のものであることも分かっていたので、自分を無理に納得させた。凛がいなくなるのは彼女自身の為だ。そうに違いない、と。

それから彼女から手紙や電話が来たことは無い。連絡をとった覚えもないし、帰ってきた覚えも、ない。そのことに対し、初めのうち私は強い憤りを覚えていたが、何年か経つと諦めがついた。

あの子は、私とは違う世界の人間なのだと。

暗くジメジメした性格の私とは違い、あの子は曇りの1点すらなく明るい子だ。

ただ文章が書けない。その一点を除けば完璧な人間だ。・・・私とは違って。

だから私は文章を書いた。書き連ねた。

生まれる家を、家族を、世界を間違えた彼女のために。

沢山の言い訳をして、都合の悪いこと全て見ないふりをして、それが、足しにできるささやかな抵抗だった。

あぁ、とようやく気づく。

私は笑っていたのだ、どうしようもなく。

彼女がいなくなったあの日、私は。あの子と比べられなくて済む。あの子に負い目を感じなくて、すむ。あの子に劣等感を感じなくて済む。自分の性格を詫びなくて済む。私の、私の、私の。

そこまで考えて、ははっ、と笑う。


酷く掠れた声が出て、上手く笑えなかった。

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笑え、恋の音 佐伯 侑 @saeki0430

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