第三話
王女の離宮での日々は、呆れるほど静かに過ぎていった。
さすがにフロル王国が誇る単体最強戦力の一角ともなれば、そう暇なものでもないらしい。王女は頻繁に宮を空け、またそうなると数日帰らぬことも少なくなかった。王女は私が敵国の人間であることを本当に認識しているのか疑わしくなるほど気安げに話しかけてくるが、だからこそ当の彼女が不在となると、途端に時間を持て余す。もちろん、宮を訪ねてくる人間などもあろうはずがない。王女が不在であれば尚のこと。
宮には王女を除いた一切の人間の魔術行使を阻害し、正式な出入り口以外からの出入りを阻む術が厳重に施されている。窓の外にはこれ見よがしに姿をちらつかせる警備部隊の人員もあり、私にできることといえば中庭で木剣を振るなど鍛錬に勤しむか、王女が第二王子から貰い受けてきたという本を読むか――または、暇潰しと実益を兼ねた掃除をするか。その程度のものである。もっとも、屋内においては浄化の術式でも働いているらしく、掃除の手が必要と見えることはなかったが。
ともかく、正直なところを口にすれば、収容所に留められていた方がよほどマシな状況ではあった。あちらなら部下も仲間もおり、二百年前に結ばれた約定に則った捕虜交換で帰国できる可能性すらある。
だが、それが今はどうだ。少しも未来が読めない。作業中は無心になれるとしても、事が終われば我に返らざるを得ず、苦々しい思いばかりが募った。
「……どうしたものやら」
現状を振り返るにつけ、否応なしに答えの見えない問いに直面させられる。
部下とも引き離され、抵抗の手段も無いに等しく、警備の厳重な離宮に留め置かれている。ほとんど唯一の接触の取れる相手は彼の〈三ノ剣姫〉、我らがヴェンダヴァル最大の難敵。徒手空拳以下の状態では、到底太刀打ちできまい。
「御偉方ならば、籠絡せよ、とでも言うのやも知れんがな」
土台無理な話というものだ。中庭の掃き掃除を一通り終えたところで、一人ごちる。
アカデミーを卒業して軍に入り、以来魔装具の研究と戦闘技術を磨くことにばかり腐心してきた。学がないとまでは言わないが、情報部の諜報員のように上手く他人の心理を操作する術など、持ち合わせがない。指摘されるまでもなく、無骨の自覚がある。加えて部下の命を盾に取られている以上、下手を打ってこちらの真意を悟られてもまずい。
では、どうするか。接触、会話を増やして可能な限りの情報を得るか? だが、得たとして、どうやってそれを伝える。この宮から一歩たりとも外に出ることは叶わず、部下と連絡を取ることもできない。
「……当人をどうにかするしかない、ということか」
それも、暴力以外の手段でもって。
ため息が口を突いて出る。何とはなしに見上げた空は、憎らしくなるほどに青かった。
宮を空けていた王女が五日ぶりの帰還を果たす頃には、私がこの宮に滞在するようになって一月が経とうとしていた。今までで最も長い不在ではあったが、彼女はそれが何故であるかという詳細を語ることはなく、私もまた敢えて尋ねることはしなかった。
ただ、いつの間にかすっかり小さくなっていた食堂の長机で、五日ぶりに食卓を共に囲んだ。お互いの顔が良く見える。それこそ、眼の色さえも鮮やかに見て取れる距離で。
王女は五日前と全く変わらぬ朗らかな様子で、私に話しかける。その頭に巻かれていた包帯が解かれたのは、確か半月ほど前のことだったか。
「私の留守中、何か不便なことはなかっただろうか」
「何も」
短く答えると、王女は「それは良かった」と微笑んだ。
王女は私に対し、常に手厚い配慮を見せる。朗らかに笑いかけ、機嫌よく話しかけ、不足が無いかと心を配る。対して、私がそれに報いているかと言えば、決してそうではない。必要最低限の事務的なやりとり以外には、まともに会話を繋げたことなど数えるばかり。それでも彼女は私への態度を変えることなく、咎めることもない。
……不毛だ、と、思う。心の底から。
「いつまで、この茶番を続けるつもりだ?」
故に、食事が終わるのを見計らって、私はそう問いかけた。
王女はきょとんとして、私を見返す。第二王子と同じ、青い灰の眼。
「いつまで、とは?」
「言葉通りの意味だ。私はこの宮で飼われ続けるとしても、そちらの思い通りに振る舞うつもりがない。仮に変わることがあるとすれば、退屈な日々に飽いて気でも違えた時だろう」
努めて淡々と言うと、王女が大きく目を見開くのが見えた。
「それは困る」
「だが、事実だ」
切り返してみれば、王女はひどく困り果てた顔で口をつぐんだ。
力無く肩を落とした姿は、戦場を支配する鬼神とヴェンダヴァルで恐れられる人物から想像されるものとは程遠い。……まるで小さな子供を虐めているような錯覚さえも沸き起こるようで、感じてはならないはずの感情までもが過ぎりそうな気がしてくる。
だからこそ、私は言葉をきつく、殊更非難するような音を作って続けた。
「敵国の軍人を飼う、ということが酔狂であり、また人間を飼うというそれ自体が傲慢だとは思わないのか」
返事は即座には、返らなかった。王女は眉尻を下げた、迷い子のような表情を浮かべながらも、決して私から視線を逸らそうとはしない。逡巡するように二度三度と唇を開閉させ、小さな声が呟く。
「それでも、私はあなたがほしいんだ」
さながら、縋るかのように。
「初めてだったんだ。初めて、思ったんだ。美しいと」
私が答えずにいると、王女はその身分にあらざる節くれだった指を組んだ。短く爪の整えられた、古い創傷の後が目立つ手が組み合わされる。それは、祈りの形にも似ていた。
「私には、皆が言う美しさも、愛おしさも、よく分からない。今まで教えられた先例に照らし合わせて、そうなのだろうと推測することはできる。けれど、それだけだ」
私は
「剣として育まれた。国を守る為の剣だ。私には戦い、剣を振るい、国を侵すものを退ける。それしかない。その為にいるんだ。その為だけに――でも」
青い眼が、私を射る。ひどく切実な色。
「あなたが、あなたの剣が、私に教えた。美しいということを、美しく思うことを。本当に、初めてで、驚いたんだ。それで、私は、そう、私は……人に、なってみたい。なってみたいと、思った。兄上や姉上が教えてくれたことが、ちゃんと分かるような。美しいと言われるものを美しいと思えて、愛おしいと語られるものを愛おしいと思えるような。だから、初めて美しいと思った、あなたのことがもっと分かれば、もしかしたら、人のように――人間の心が、分かるのじゃないかと」
何度も考え込むように口を噤み、短い間を挟みながらの言葉は、拙いにも程がある。貴族の子女であれば、彼女の半分も生きていないような子供ですら、もっと弁が立つだろう。本来の彼女の立場であれば、到底許されぬ物言いであるに違いない。
だが、それだけに真実心から生まれたものだと伝わる。理解させられてしまう。
「だから、私はあなたに、ここにいてほしい。あなたがほしいと、思う」
まっすぐに見つめる眼差しは、それこそ人でないもののように真っ直ぐで、余りにも曇りが無さ過ぎた。強すぎる光から逃げるように、私はわずか視線を下げて王女から外す。
「……いずれにしろ、私に選択の自由はない。私の身柄をどのように扱うかは、全てそちらの意向次第だ」
「うん……そう、そうだな。そうだった。あなたが本当に耐え難くなった時には、止めるようにしよう。どこまで私の願いが聞き入れてもらえるかは分からないけれど、その時には、ちゃんとあなたを故郷に帰せるよう努力をする。でも、できれば、それまでの間、短くてもいいから、付き合ってもらえると嬉しい。茶番でも、戯れでも、それでも私には、きっと嬉しいと思う」
くしゃりと下手な笑顔を貼り付けて、王女は言った。
きっと、思う――自分の心の内でさえ、断定して語ることがない。或いは、できないのか。それが事実であるとすれば、痛々しいほどに哀れなことであるのやもしれないと、一瞬、そんなことを思った。
思うべきではないことを。……私の立場であるのならば。
* * *
カヴェルナでの戦が終結して一月半ばかりが経つ頃になると、戦の残務処理もようやっと落ち着きを見せ、自由時間が増えてきた。しかし、昨今やたらに口うるさいペデラは、離宮に篭りきりにならぬよう、王城にも軍部の庁舎にも顔を出すようにとガミガミうるさいくらいだし、かと思えば軍議だの魔装具兵団演習だのと事あるごとに理由をつけて召喚命令を発令してくる。どうも上の兄上とグルになっているらしい。
そんな状況であるからして、戦は終わったというのに悲しいかな、離宮で過ごす時間は遅々として増えやしなかった。鼻先に餌を吊り下げられているのに、ずっと「待て」と我慢させられているような気分だ。つらい。とてもつらい。
そして今日もまた、朝食を食べた後は王城に出仕しなければならない。上の兄上のご命令だ。それを嫌だと言うつもりはないし、言うことが許される立場でもないけれど、やはり少しくらいの休みはもらいたいものだと思う。
なるべくゆっくり行こう、と姑息なことを考え、時間をかけて食事をとっていると、
「……具合でも悪いのか」
不意に言葉をかけられ、驚く。思わず瞬いて正面を見れば、既に食事を終えたアヴェラン殿が私を見ていた。
「食が進んでいないようだが」
「え、あ、いや、そういう訳ではないのだけど。今日もまた上の兄上に呼ばれているから、王城に向かわなくてはならないんだ。それが少し、気が重いだけ」
肩をすくめてみせると、アヴェラン殿は「そうか」とだけ答えた。けれど、食事はとっくに終わっている様子であるのに、席を立つ気配はない。もしかして、少し話に付き合ってくれるのだろうか。
「戦は小康状態にある。その上でまだ、それほど多忙になる用事が?」
淡々とした問いかけに、内心で一層驚く。これまでのアヴェラン殿は私の質問に答えることも少ないけれど、それ以上にこちらに関心も示さない態度を貫いてきたというのに。……もしかしたら、再びの開戦の気配を気にしているのだろうか。
「いや、戦の準備ではないよ。上の兄上は、私の我侭が気に入らないそうで、ペデラとグルなんだ」
「離宮から引き離そうとしている、と」
「まあ、そんなところ」
わあ、三言も言葉を交わせた。こんなに長く喋ることができた気がするのは久しぶりだ。
「多忙を負担と感じるならば、休息を取るべきだろう。兵にとっては、身体を休めるのも仕事の内。第三王女、〈三ノ剣姫〉がそうと言い張れば、この国に否やを唱えられるものはいまい」
「兄上達はそこまで愚かではないよ。度を越えたことはなさらない。負担に感じているのではなくて、私はただ、あなたの話を聞けないのが残念なだけなんだ。あなたにとっては、その方が嬉しいことかもしれないけれど。……それに、剣は担い手に異を唱えたりしないものだからね」
答えると、アヴェラン殿がわずかに眉間に皺を寄せるのが見えた。
「人でありたいと思うのなら、己を剣と語ることから止めるべきだ」
厳しい響きの声音が告げる。それを、私は三度の驚きと共に受け止めた。
ぽかんとしていると、アヴェラン殿は怪訝そうに「何か」と言う。私は慌てて首を横に振り、
「何でもない。ただ、そんなことを言ってもらえるとは思わなかった」
「……フロルの剣姫が鈍れば、我が国にとっては益となる。それだけのことだ」
瑠璃の眼差しが外れ、素っ気無い返事だけが寄越される。思えば、いつからかアヴェラン殿とは視線の合わないことが多くなった。やはり、不快や怒りが募っているのだろうか。
しかし、それはともかくとして――
「そうか、人になれば、剣としてはやはり鈍らになってしまうのかな。それは困るな、兄上もお怒りになる訳だ」
参った参った、などと呟いていると、小さくため息を吐くのが聞こえた。
はて、と不思議に思って目を向ければ、再び一瞬だけ視線が交錯する。その時見えた瑠璃色には、何故か、怒りではなく別の何かが宿っているように見えた。
春も終わりに差し掛かり、王都は日に日に暑くなってゆく。
生き生きとした緑を装う中庭の木々は目にも鮮やかだけれど、去年に比べるとちょっとばかり彩が乏しい。〈玻璃ノ宮〉をぐるりと囲む庭園、そして中庭の手入れは、いつも庭師のニカノルが一手に引き受けてくれていた。いつも季節に応じた色とりどりの花で庭を溢れさせていたその手が、今年は春から一切入っていないのだ。よって、私は自分でどうにかすることにした。
花の手配だけを兄上に頼み、物置にあった道具を引っ張り出して、まずは中庭の花壇から。
「えーと、まずは、雑草を抜く」
私が花壇に手を入れるということはニカノルにも伝えられたようで、兄上から届いた花の苗の中には彼からの手紙も混じっていた。丁寧に手順を説明する文章を読みつつ、ひとまず手袋を着けて、指示通りに草むしりをしようとして――
「雑草。ない」
見下ろした花壇は、まっさら綺麗なものだった。おかしいなあ、手入れをしてくれる者がいないのだから、生え放題になっているはずなのに。
もちろん、私はやっていない。その暇もなかった。ここのところは宮に立ち入る者自体がないに等しい状況であったし、となると……まさか……?
「そんなこと、してくれる理由もないはずだけど」
後で訊いてみようか。答えてもらえるかは分からないけれど。
とりあえず、次の手順に移ろう。苗を植える場所に穴を掘ればいいらしい。それならば、と小さなスコップを柔らかい土に差し入れる。さくさく、さくさく。無心になって掘り続けること、しばし。
「……花壇から全て土を出す気か?」
頭の上からそんな声が聞こえてきて、我に返った。きょとんとして顔を上げれば、アヴェラン殿が呆れた表情で窓から顔を出している。言われて手元を見てみれば、
「ちょっとやりすぎてしまった」
「大分、の間違いだろう」
花壇はすっかり穴だらけになっていた。
ため息を吐いたアヴェラン殿は、窓を乗り越えて中庭に出てくる。この宮において窓からの出入りは術で禁じられているが、宮の内部に位置する中庭に限っては、唯一その制限を受けていなかった。
「庭師の真似事とは、また酔狂な」
「やってくれる人がいないからね」
「そこまでの不便を強いられてまで、この現状を維持する必要があるのか」
「それでも、私はそうしたい」
アヴェラン殿は答えないまま、手振りで私に退くよう示す。スコップを持ったまま脇にずれようとすると、「それを」と手が差し出される。渡せ、と言うことか。持ち手を握れるよう、持ち替えて差し出すと、あっさり受け取られた。
「それを植えればいいのか」
アヴェラン殿が目線で、花壇の傍に置いた苗を示す。赤や黄色、紫に桃色、様々な色の花を取り寄せてもらった。
「そのつもり。あ、これは植物用の活力剤」
薄緑色の液体の入った小瓶を提示して見せる。城下の調薬ギルドで市販されているものらしいが、効き目は折り紙つきなのだとか。
「それは今は必要ない。植えたものに異常が見えた時に与えるものだ」
「そうだったのか……」
知らなかった。植える時に与えておけば、元気でいてくれるものかと思っていたのだけれど。
それからアヴェラン殿は黙々と花を植えていった。私が掘りすぎた穴を埋め、一定の間隔で苗を置いてゆく。貴族の出と聞いていたのに、随分と手際がいい。
「アヴェラン殿は、園芸が好きなのか?」
「別段、そういった趣味はない。が、花の植え方くらいは分かる。……私の故郷でも、同じ花がよく咲いていた」
「――! そうなのか!」
初めて故郷のことが聞けた。その喜びに、つい声音が弾んでしまう。アヴェラン殿がちらりとこちらを見たので、急いで口は閉じておいたけれど。
でも、やはり、もっと話を聞いてみたい。閉じた口を閉じたままでいるのは、無理だった。
「故郷と言えば、アヴェラン殿のご家族は?」
「……健在だ」
答えは短い。それでも、答えてもらえたことが嬉しい。
そうか、家族は元気なのか。それはいいことだ。いいことだけれど――ああ、そうだ、アヴェラン殿の家族は、当然ヴェンダヴァルの民なのだ。私が退け、撃滅する軍に守られているもの。私がその無事を喜んでいいものでは、ない。
「それが、どうかしたか」
急に黙った私を怪しんだのかもしれない。作業の手を止めて投げられた問いに、緩く頭を振る。
「家族が元気なのは、良いことだ」
やはり、その物言いは受け入れられるものではないのだろう。答えはなかった。
「家族といえば――……あ」
「何だ」
今の今まで、すっかり忘れていた。どうして忘れていたのだろう、そんなにも舞い上がっていたのだろうか。……いや、浮かれていなかったと言えば、確かに、嘘になるかもしれないけれど。
アヴェラン殿はペデラと二歳しか違わない。ペデラには、十五歳になる娘御がいる。
「アヴェラン殿は、故郷に細君があるか?」
「は?」
呆気に取られた、という様子で、瑠璃の眼が丸くなる。
「はて、そんなにもおかしなことを訊いただろうか」
「今更それを訊くのか」
「まあ、それを言われると返す言葉もないのだけど」
はは、と笑ってみせると、アヴェラン殿はため息を吐く。
「……仮にも妻帯していれば、『欲しい』などと言われた時点で妻を引き合いに出して拒絶している」
「では、ないのか」
「それ以外にどう聞こえる? それに、妻の有無が何か関係あるとでも」
「ないとは言えないだろう。もしあなたに細君があるのならば、申し訳ない」
「では、妻を得ていると答えていたら、私を解放したと?」
刺すような眼差しが私を見上げた。怯みはしないが、何となく、少し、居心地が悪い。
「どうだろう。もしもそうであるなら、いつまでも引き止めてはいけない、とは思う。ただ、すぐにはできないかもしれない」
申し訳ない、ともう一度添えると、眉間に皺を寄せて顔を背けられた。「仮定の話に対して謝られても意味はない」と厳しい声。それも、そうだ。その通り。
何だかとても物悲しいような気分になって、空を仰いだ。雲の薄い、明るい青。遠くで鳥のさえずる声がする。そして、足元では土を掘り、花を植える音が。
シャクリ、シャクリ、土を刺す音は何かを切り削っているようにも聞こえた。であれば、削り落とされるのは、何だ。後先考えずに浮かれていた私の軽率さか。そんなことを戯れに考え、まさにその通りではないかと自問自答するに至ると、妙に切ない気分に駆られた。
「……もう少し待って、私の諦めがついたら、終わりにできそうだったら、終わりにした方がいいのだろうな」
ぽつりと零すと、土を刺す音が止まった。
「ただ苦しめるだけなのに、留めておいても仕方がないものな。それは、私も望むところではないし。帰る故郷があって、迎える家族がいるのなら、帰すにやぶさかではない。のだけど、でも……うーん……」
もやもやと、胸の中で言葉にできない感情と、思いが渦を巻いている。本当に、もどかしい。
どうして私は、皆のように上手く言葉を選んで、流暢に話すことができないのだろう。父上も母上も兄上も姉上も、ペデラもテレザも。あんなにも何でもないことのように、それなのに驚くほど巧みに、流れるように喋って語ってみせるのに。
「うん……上手く、言えないな。ただ、何だろう――あなたが細君を迎えるのは、嫌だな。あなたの剣が、誰かのものになるのは嫌だ。それは、私が、ほしい」
私が身勝手な思いを吐露している間も、その後も、あの瑠璃色が私に向くことはなかった。
会話も、何もない。ただ土を刺す音だけが、さくりと響いた。
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