第6話 卒業アルバムの中の少年

「おい青山、あの子の言ったとおりだな。でもどう考えてもおかしいだろ。亡くなった少年が自分の死亡原因を説明するなんて。明日化学準備室へ行って確かめてみよう。何か手掛かりがあるはずだ」


 石田は俺の顔を覗き込んだ。


「そうだな、明るくなってからなら何かわかるかもしれない。今日はひとまず部屋へ戻って様子を見よう」


 俺は内心これからもう一度化学準備室に行くのが怖かっただけでそう返事をした。

その夜は、階下の様子が気になって仕方なかったが、次第に眠気が襲ってきていつの間にか眠りに落ち、窓からさす日差しでようやく朝になったことが分かった。


 俺たちは身支度を済ませると、階下の化学準備室へ向かった。恐る恐る扉を開けてみる。


 ドキドキして開けてみたのだが、そこはいつもの見慣れた部屋で、何の変哲もなかった。念のため、亮太少年が座っていた椅子を確かめてみたが、ほかの椅子と何ら変わるところはない。


「昨日確かにここに座っていたよなあ」


 石田が椅子に触ったり、持ち上げたりしてみた。


「手掛かりになりそうなものはないか。あるいは夜のうちに跡形もなく消えてしまったのか……」

「やっぱりあいつ、幽霊だったんだ……」


 石田が珍しく神妙な表情をしている。俺は背筋が寒くなり、部屋の中を見回した。そこには実験器具や日に当たって変色した書籍類が積みあげてあるだけだ。


「そうだ! 生徒会室に卒業アルバムがあっただろ? 見にいこう。亮太少年は卒業してないから写ってないかもしれないが、中学校時代の友人の坂木君のことはわかるかもしれない」


 少年のことが気がかりでどんな手掛かりでもいいから欲しかった。


「坂木っていう子を調べればもっと彼のことがわかるかもしれないな。よし、生徒会室へ行ってみよう」


 石田も乗り気なようだ。


「俺がうまく理由を付けて生徒会室の鍵を借りてくる。廊下で待っていてくれ」

「わかった早く戻れよ」


 俺は石田を後ろに残して、森山先生が寝ている一階の保健室へ向かった。森山先生はすでに身支度を済ませ、美術雑誌に目を通していた。俺はふと時計を見た。まだ七時前だった。ちょっと早かったかなと気にはなったが、先生に声をかけた。


「森山先生、生徒会室の鍵を貸してください。本を部屋の中に置いてきちゃったようで、取りに行きたいんです」


 俺はクラスの代議員として時々出入りしている特権を使ってみた。


「あら、忘れもの? しょうがないわね。取りに行ってらっしゃい」


 先生は、何の疑いもなく鍵を貸してくれた。こういう時は日ごろからの信用が物を言う。


「あっ、化学準備室は、いつも鍵がかかってなかったんですか?」

「どうだったかしら、ああ、そうそうあの部屋には理科の先生たちはほとんどいらっしゃらないようだし、危険なものは化学室の方にあるそうだから開いているかもしれないわね」

「そうなんですか……」


 森山先生は、僕の眼をじっと見つめ、苦笑した。


「また、何をそんなことに興味を持ってるの? 昨日から変ねえ」

「学校に泊まってると色々知りたいことが出てくるんです。鍵、お借りします!」


 俺は、平静を装って保健室を出て、石田に、スマホで生徒会室へ行くよう指示した。

 生徒会室の前ではもう石田が待っていた。中へ入り、戸棚を開けて一冊の卒業アルバムを取り出した。一組から順番に名前を辿っていく。すると、三組のところに彼の名前があった。


「坂木信人、確かにいた。この少年が亮太君の友人で、彼が亡くなったことを先生に伝えた生徒だ」


 彼は吊り上がり気味の眼に、細い鼻筋をしていて、色の白い顔をしていた。一枚ページをめくるとクラスのスナップ写真がレイアウトされていた。一人一人が写った証明写真のような写真と違い、学校行事の時に思い思いのポーズで撮られたものだった。そのページの中に絵の中の少年が写っていた。俺はまさかと思って、石田をつついた。


「この写真見て見ろよ。あの少年だと思わないか? 森山先生は、高校に入ってからなかなか友達が出来なかったって言ってたけど、隣に移っている可愛い女子、結構親しそうだぞ」


 その写真は恐らく一年生の時の遠足の写真だと思われたのだが、飯盒炊飯のカレーを二人で仲よさそうに食べているように見えた。


「二人の距離は三センチぐらいしかない。なんとなく一緒に写ったという感じじゃないな」


 石田の意見も同じだった。


「この女の子は誰だろう?」


 名前の書かれたスナップ写真のページを繰っていくと、朝谷里奈という名前が書かれていた。他にも亮太の写っている写真がないか見てみたが、見つけることはできなかった。


「少年の写真は、この子と写っている写真一枚だけだな」


 俺はそのページに机の上にあったプリントの切れ端を挟んでおいた。

森山先生は、亮太の友達は坂木一人ぐらいだといっていた。だとすると朝谷里奈はいつできた友人なのだろう。中学校時代からの友人、あるいは高校でできた彼女なのか? ここまでの事を調べ終わり、俺たちは部屋に戻った。女子たちとは、あたりさわりのない会話を交わして朝食を終え、午前中の作品制作など、ほとんどの時間を部員たちと美術室で過ごした。

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暁高校美術部夏合宿の怪 東雲まいか @anzu-ice

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