第5話 少年の秘密

「化学準備室の少年の事、誰にも言わないほうがいいのか、誰かに相談してもう一度確かめに行った方がいいのか、石田はどう思う?」


 俺は広げた布団の上に胡坐をかいて座り訊いてみた。


「亡くなったやつが目の前に現れて友達になってくれと言ったなんて、誰も信じないだろうな。しかし、俺はあいつが悪い奴には見えないんだ。何かわけがあるに違いない。騙されたふりをして話を聞き出そうじゃないか」

「石田、お前勇気があるな。俺は二人だけの秘密にしておくのが怖くなったんだが、お前と一緒なら何とか話を聞けそうな気がしてきた。わかった。二人だけの秘密にしておこう。でも、この絵の少年のこと、さりげなく森山先生に訊いてみないか? 先生なら何か知っているかもしれない」

「そうだな。チャンスを待とう」


 俺は、布団の上にごろりと横になりマンガ本を取り出しページをめくり始めた。しかし読もうとしても、ストーリーがなかなか頭の中に入ってこない。


 隣の部屋の扉が開く気配がすると同時に、にぎやかな声が聞こえてきた。美術室との扉一枚だと彼女たちの甲高い声はこちらまで聞こえてくる。声は次第に近くでするようになり、扉をノックする音に変わった。


「ちょっと男子たち。スイカを持ってきたから、食べにいらっしゃいよ。森山先生からの差し入れよ!」


 あやねが顔だけのぞかせて手招きしていた。


「おう、先生もいいとこあるじゃないか。すぐ行くよ」


 俺はあやねに手を挙げて合図すると、二人で喜び勇んで美術室に移動し、女子たちと一緒にスイカにぱくついた。よく冷えたスイカがほてった体に優しい。忙しく種を吐き出しながら、慌てて次々とスイカを平らげていった。


「青山、お前食べるの早すぎじゃね?」


 石田が不満げに俺の顔をにらんだ。


「そうよ! あたしたちの分まで食べないでよ! がっついてるわねえ」


 あやねも俺の顔をしげしげと見ている。


「これで最後にしとく。みんなの視線が痛いからな」


 俺はようやく満腹になった腹を撫で、ふーっとため息をついた。俺はあやねにさりげなく質問した。


「先生はこっちに来ないのか。一緒に食べればいいのに」


 あやねは種をプット手に吐きだし、スイカを頬張りながら答えた。


「先生は職員室で秋の作品展の準備をしてるらしいの。パソコンの前から暫く離れられないって言ってた。もうすぐひと段落したら来るらしいわ」

「もう準備してるんだ……大変だな。そうだ…… 食べ終わったら、俺が片付ける」


 俺はお盆を持って女子の間を回り、皿に山のようにスイカの皮を乗せていった。部屋を出ようとして扉に近づいたところで、横を向くと石田がいた。石田も同じことを考えていたようで、目くばせして二人で職員室に急ぎ足で向かった。


「石田、お前も気になってついてきたんだろ? 先生に訊いてみよう」

「俺もそのつもりだ。このままじゃ気になって眠れない」


 一階の職員室へ降りていくと、森山先生はパソコンの画面と手元の資料を交互に見ながら、キーボードを打っている。


 俺たちは失礼しますと声をかけ、生ごみ用のごみ袋にスイカの食べかすを入れ、お皿を片付けた。それからそっと森山先生のそばへ寄った。


「先生、ちょっと訊きたいことがあるんです。今お時間ありますか?」


 先生は、俺たちの方に好奇心に満ちた目を向けた。


「あら、どんなこと? 絵の事だったらもうすぐ美術室に行くわよ。待っててね」

「違うんです。あの…… 美術準備室に置いてあった絵の事なんですが。少年の絵が

ありますよね、亮太ってサインの書かれた。あの少年のことが知りたいんです。先生は彼のことを知っていますか?」


 先生は一瞬俺たちから視線を逸らせ、俯いた。


「ああ、ずっとあそこに置いたままだった絵の事ね。和泉亮太君はこの学校の美術部員だったの。よく放課後一人で美術室に来ては黙々と作品を描いていたわ。普段から静かな生徒だったんだけど、元気がなくなってきて顔色も悪くなってきた。心配して声をかけたんだけど大丈夫だというばかりで……次第に休みがちになっていった。それからしばらくして、彼のお母さんから病気の治療で実家の病院に入院するという連絡を頂いたの。他の部員たちは挨拶もできないまま、彼は学校を去っていった。私は寂しかったし、何もしてあげられなくて辛い気持ちだった」

 

 森山先生の悲しそうな顔を見るのは珍しいことだった。


「それで、彼はその後どうなったんですか? 病気は治ったんですか? それとも……」


 俺は恐る恐る、森山先生の表情をうかがった。


 先生の表情は曇り、答えていいものか思いあぐねているようだった。


「その後、彼は亡くなったという話を中学校時代の同級生から聞いたの。確か坂木……名前は信人君だったかしら? 亮太君は大人しい生徒だったからなかなか高校に入ってから友達が出来なかった。それで、時々坂木君と話していたようね。その坂木君から聞いたの。まだ高校生だったのに……信じられなかった」

「何の病気で亡くなったんですか? 」

「あら、どうしてそんなに気になるの? 絵を見てそんなことまで気になるの?」


 俺は、少し焦って苦笑いをして誤魔化した。

 これ以上は聞かないほうがいいと判断して部屋へ戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る