葡萄男
安良巻祐介
葡萄男がマンション一階のエントランスに出るというので、住人たちが騒いでいる。特に、ワイン好きで有名な三昧氏などは、両の目を見開き、舌をべろべろと出しながら少し早い解禁日だとうかれていた。何しろ、会おうと思って会えるものでもないのだ。
次の日の朝、下足の辺りにふらふらと出現した葡萄男が押し寄せた住人たちの手によってさっそく拿捕された。男は欧州人種に近い整った顔をしており、顔色は綺麗なワインレッドであった。「わぷ、わぷ、ぷぷぷ、おぷう」シヤボンの出るような疑似言語を口から吐きながら、ぐるぐると手を回していたが、学生時代ラグビイをやっていたという三昧氏の丸太のような腕が葡萄男の首をひっつかみ、売り出しセエルの争奪戦で鍛えられた有閑マダムらの手先指先が葡萄色のからだをしっかりととらまえた。
それからものの一時間ほどの間に、葡萄男は住民全員からこってり絞られて、ちょうど一樽ぶんほどの、上等の濃縮葡萄酒と相成った。
そして次の満月の晩、マンションの中庭にささやかながら宴席が設けられ、管理組合オリジナル切子のワイン・グラスが一そろい、さらにはワインに合う肉料理などが持ち出されて、三日月の笑みを浮かべた住人みんなで、月光を浴びながら乾杯した。
それから、エントランスに時々出る葡萄男や葡萄女を使っての秘密の宴席は、我がマンションの恒例行事となり、やがてどこから噂が漏れたものか、世間でいつしか
葡萄男 安良巻祐介 @aramaki88
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます