はじめての女(その7)

まず、近いところで浜町河岸の安っぽい料亭へ行ってみた。

襟を崩した仲居が三人ほど暇を持て余し、壁にもたれていた。

三人が三人とも、浮多郎を足元から見上げて品定めをした。

少し金をはずめば、すぐに二階で相手をしてくれそうな感じだ。

「幸次郎さんは、とんとお見限りだねえ」

と、いちばん年嵩の女が、浮多郎に流し目をくれながらいった。

―次は、錦糸町の銘酒屋だ。

小料理をつまみに酒を呑み、飯台の横に若い女がついて給仕をする店だ。

ここも女の袖にいくばくかの金を落とせば、奥座敷で相手をしてくれるのだろう。

幸次郎の名を出したが、「しばらく顔を見ないねえ」と、女将が首を振った。

三か所目は、霊厳島の料亭だ。

ここは、料亭とは名ばかりで、飯台を並べた座敷の奥の、暖簾で隠れた廊下の先に、どうも賭場があるように見えた。

料亭に似つかわしくない屈強な若い衆が、神社の狛犬のように、暖簾の前で張り番をしていた。

「手島屋の幸次郎さんがこちらにいるそうで」

顔も狛犬に似た若い衆に、腰を低くしてたずねると、

「そんなやつは知らん」

と首を振る。

「おかしいですな」

「何がおかしい?」

「確かにここにいる、と聞いてやってきたのですがねえ」

浮多郎は、わざと声を張り上げた。

「誰に聞いた?」

「手島屋の番頭さんです」

「知らんものは、知らん。帰れ!」

若い衆の声は荒くなる。

「幸次郎さんに会うまでは、帰られねえ」

「つまみ出してやる!」

大きな鼻の穴から煙でも吐きそうな勢いで、若い衆が突っかかってきたところで、

「どうした。うるせえな」

と顔を出した男がいた。

獰猛な野犬のような鋭い目をさらに細くした男は、浮多郎をにらみつけた。

「こちらにいる手島屋の若旦那の幸次郎さんに、会いにまいりやした」

浮多郎も、負けずににらみ返す。

「いないね」

「いつ、もどります?」

「分からん」

「なら、ここで酒でも呑みながら待たせてもらいましょう」

浮多郎が、草履を脱いで勝手に座敷に上がろうとすると、

野犬のような男は気色ばみ、

「そうは、いかねえ、帰れ!」

と懐に手を突っ込んだ。

「剣呑、剣呑」

と大げさにたたらを踏んだ浮多郎は、

「手島屋の番頭さんが、幸次郎さんを捜しています。無事に返してもらわねえと、奉行所沙汰になりますぜ」

と啖呵を切り、いったん引き下がることにした。

―次に浮多郎が向かったのは、清水門外の火盗を加役とする先手組の役宅だった。

小頭の重野清十郎は出かけていたが、一刻ほど浮多郎は辛抱強く待った。

もどって来た重野は、浮多郎を見るとぎょっとした。

「重野さま、今日はお願いの儀があって参上いたしました」

と頭を下げると、「何ごとじゃ」と、重野はさらに渋い顔をした。

神田明神下の手島屋の本宅での押し込み強盗による四人殺しのあらましを、重野は興味深く聞いていた。

「今から、神田明神下まで、ごいっしょ願えませんか」

と、浮多郎が頭を下げると、

「う~ん。今からか・・・」

腕組みした重野だが、奥に入って何ごとか指示を済ませてから、馬を引き出した。

―神田明神下に着くころは、やや日が傾きだしていた。

張り番をしている番太郎に断って、重野と浮多郎は屋敷にあがった。

「呉服の反物を商う日本橋の手島屋は養子の幸次郎にまかせ、主の吉太郎は本宅で高利貸をやってけっこうな稼ぎをしていたようです」

そういいながら、浮多郎が奥座敷の引戸を開けると、四つの死体は運び去られていたが、まだ血の匂いが部屋中に漂っていた。

「その女が先に座敷に入り、あとから入ろうとした俊吉は、頭を殴られて昏倒したと訴えています。女は幻のように消えてしまいました」

箪笥などの引き出しは、事件の時のまま乱雑に引き出されたままだった。

「金の取り分でもめて、俊吉ひとりの犯行に見せかけるため殴り倒したというのが、奉行所の見立てです。女はいなかったことになっています」

「誰が担当だ?」

「同心の村田さまです」

「村田勘四郎か。あの若造は、勘働きがどうにもならねえ・・・」

と、いいつつ、四人は縛られ、首の後ろの頸動脈を切られて死んでいたと聞くと、

重野は、「うっ」と呻き声をあげた。

「その俊吉が、剃刀を握って血の海に倒れていたそうです」

「縛られて、・・・首の後ろを、剃刀で!」

重野は、何かひらめいたようだ。

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