はじめての女(その5)

「浮さん、他で赤ちゃんでも作ったの?」

吉原から帰りしなのお新が、珍しく冗談をいいながら、ここを探して表で迷っていたという女を連れて来た。

「東都一の目明しさんとの評判を聞いて、頼みごとにやって参りました」

兵児帯で赤ん坊を背負った大柄な女が、はにかみながら頭を下げた。

「東都一かどうかは判りませんが、お話だけでもうかがいましょう」

浮多郎が、座敷に上がるようすすめると、

「夫の目を盗んでやってきたので、すぐにお暇しなければ・・・」

と、女は三畳の上がりはなに腰だけをのせた。

赤ん坊がぐずり出したので、お新が女の負ぶい紐を外して、抱き取ってあやした。

奥座敷から、政五郎が芋虫のように這い出てきて、聞き耳を立てた。

「義父さんを助けてください!」

いきなり切り出した女の目には、必死の思いがあふれていた。

浮多郎は、思わず膝を乗り出した。

「三ノ輪の辻の乾物問屋の三太郎さんは、女郎長屋もやっています」

お化け長屋のことは、浮多郎も知っている。

「そこへ家出したお嬢さんが、女郎志願にやって来たのです。義父さんは、若いとき遊び人だったので、いつも新入りに女郎のイロハを教える役をしています。それがすっかりお嬢さんに入れ込んじゃって・・・。三太郎さんに迫られ、結局そのお嬢さんを元の家に送り届けに行ったのです」

浮多郎もお新も、離れた政五郎も黙って聞いていた。

「それが、その神田明神下の金貸しの本宅で四人殺しがあったところへちょうど出くわして、義父さんが下手人として捕まってしまいました。どうも、『佳代という女といっしょだった』といったらしく、翌日奉行所からおたずねがありました。ところが、三太郎さんも、うちの亭主も、そんな女は知らないと突っぱねてしまったのです」

「どうして、また?」

政五郎が、奥から口を挟んだ。

「三太郎さんは、ひそかにやっている女郎長屋のことが、奉行所に知れるのを恐れたようです。うちのひとは根が小心者なので、親がそんなことに絡んでいると知れると商売ができなくなると・・・」

女は、情けない顔をした。

「あんな亭主でも、わたしが奉行所にいえば、顔をつぶすことになるので、・・・こちらの親分さんに、その佳代とかいう女を探し出してほしいのです。さもないと、義父さんは獄門になります」

女は、はらはらと涙を流した。

しばらく泣いていた女は、「あら、もうこんな時間に」と涙をぬぐい、お新に赤ん坊を背負わせてもらい、何度も頭を下げ、そそくさと立ち去った。

「三太郎のお化け長屋は、吉原の羅生門河岸でも食いつぶした、病気持ちの女郎が顔を並べるところだ。奉行所はとっくに知ってはいるが、お目こぼしさ」

政五郎は、三太郎の人情の無さにしきりに腹を立てた。

―浮多郎は、赤ん坊を背負った女のあとを追うようにして泪橋を出た。

日が暮れかかっていた。

茜色の西日をいっぱいに浴びた浅草寺から大川べりを辿って、八丁堀へ向かった。

「浅草寺前の海産物屋の俊吉のことか?」

八丁堀に架かる地蔵橋たもとの屋台で、うなぎの白焼きを頬張りながら岡埜は難しい顔をした。

「すでに、俊吉を押し込み強盗の片割れとして裁くことは決めた。あとは、金を持って逃げた主犯を追っておる。現場の足跡からして三人ほどの犯行だろうよ。金の分け前かなんかで仲間割れして、ひとりの犯行に見せるために、俊吉を殴り倒して逃げた。これが見立てだ」

「主犯の目星はついたんで?」

「いや。浮多郎、お前どうしてこの件のことを、わざわざ聞きに来た?」

浮多郎は、倅の伸吾の嫁のことはいえないので、

「俊吉の俳諧仲間が心配しやしてね。『たしかに若いころは遊び倒したやつだが、強盗に手を染めるようなやつじゃねえ、何か女がらみではないか。そこを調べてくれ』と頼んできたもので・・・」

「女なあ。俊吉は、あの手島屋の本宅が女の実家だと、現場に連れて来たとか言い張っているようだが」

「そのことかも知れません」

浮多郎は、ここぞと畳みかけたが、

「三太郎も俊吉の倅も、殺された手島屋の吉太郎の倅も、だれひとりそんな女を見た者はおらん。俊吉は幻を見たのだ!」

岡埜が断言するので、浮多郎は引っ込むしかなかった。

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