エピローグ

 声が聞こえた。

 ドアの外に奈津の笑い声がした。坂井の声も聞こえる。

 ゆっくりとドアが開く。

「ニュースですよ」

 坂井が言った。

「カトマンズで大きな祭りがあるそうです。――もしよかったら、これからすぐにでも出発しませんか」

 坂井がためらいがちに、おずおずとした笑顔を見せた。奈津が大きな目で喬志を見つめている。

 しばらく三人で一緒にいるのも面白いかもしれない。そう、喬志は思った。

 どこにいても、何をやっていても、忘れない確かな記憶があるのなら、どこにいて、誰といようとかまわないのだ。

 行ける限りの遠くまで、一人ではなく三人なら辿りつけるかもしれない。

 坂井と奈津が相棒なら、不足はなかった。

「面白そうだな」

 そう言って、喬志は立ち上がった。

「ネパールはインドより過ごしやすいぜ」

「そうなんですか」

「ああ。ネパールは天国みたいによいところだ。飯もうまいしな」

「奈津はエベレストが見たいそうです」

「そうなのか」

「うん。山が見たい」

 奈津は嬉しそうに、単純に返事をした。それがたとえようもなく可愛く思えた。

 奈津はその手にしっかりと横笛を握っていた。

「カトマンズだけじゃなくて、ポカラにも行くかな。あそこもいい所だ。運がよければヒマラヤ山脈も見られるしな」

 それに、と喬志は続けた。

「何といっても、ネパールは涼しい」

 喬志は窓を見た。

 窓から差しこむインドの太陽は、今日も猛烈に輝いていた。

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詩う者が沈黙したとき 吉美駿一郎 @shunicirou

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