3.話を始めて微笑《ほほえ》んで
ルーンの世話が終わってから、オレはスコット夫妻を呼んだ。
「充分に休息はとれましたか?」
「ええ、私たちは充分に休めたけど…、オリビエちゃんはちゃんと休んだの?馬のお世話とか、馬車の点検とか色々大変なんでしょう?やっぱり、そういった雑務をする人を雇った方が良いんじゃない?」
エレノア夫人がそう言ってオレにずいっと顔を寄せる。
オレはそんなエレノア夫人に少し押されながらも、夫人をなだめるように言った。
「か、母様…、確かにルーンの世話や、馬車の点検などは決して楽な仕事ではないですけど、それは馬車に乗っている人を安全に目的地まで運ぶための、御者としての務めなのです!だから、たとえ雑務であったとしても、他の人に任せる事はできません」
そこまで言うとエレノア夫人は「あら、そう…」と言い涙目になり肩を落とした。
そんなエレノア夫人の肩を優しくウォールター公が抱き寄せた。
「まぁまぁ、エリー、そう落ち込むな。オリビエも一人前の御者としてしっかりしてきた、という事じゃないか」
そう言ってウォールター公はオレを見て、微笑んだ。
(父様…)
本当の家族ではないのに、まるで実の息子として父に認められた感じがして嬉しさ混じりの恥ずかしさを感じた。
「さ、日も暮れてきた。そろそろ出発しようか」
ウォールター公の言葉でみんな馬車に乗り込み、オレも御者席に乗った。
日もだいぶ傾き、あたりが暗くなってきた頃、遠くの高い塔に火が
しばらく夕暮れ時の道を走り、ようやく村の外れにある花畑がたくさん並んだ家へと到着した。
花の世話をしていた2人の人物がこちらに気付き手を振ったので、スコット夫妻も馬車の窓から顔を出し、挨拶をした。
「こんばんは、ベッポじいさん、ユリアばあさん」
「お二人とも、お元気でしたか?」
ベッポじいさん、ユリアばあさん
スコット夫妻が結婚記念パーティーを開いた時に、届けてもらう予定だった花が手違いで届かず困っていたところ、隣町から花を売りに来ていたこの2人が、売れ残った花だからとお金をもらわずにお花を置いていったことがあり、それ以来、恩を感じたスコット夫妻が時々ベッポじいさんたちところへ訪れるようになり、交友を続けている。
「よく、おいでくださいました、スコット公爵様。エレノア公爵夫人。私たちはこの通り、元気にしております。お気遣い感謝します」
「さぁ、みなさん疲れたでしょう。よかったら中で一緒にご飯でもいかがですか?」
ユリアばあさんが中へとみんなを招く。
家の中に入ると、料理がテーブルいっぱいに並べられていた。
「今日みなさんが来られると手紙に書いてあったからね、張りきってお料理作ったんですよ。さぁ、たくさん食べてくださいね」
「ユリアばあさんの作る料理は本当に美味しいから毎日でも食べたいくらいですよ」
「ふふっ、毎日は無理でも、いつでも来てください」
今までもこうして何度かベッポじいさんとユリアばあさんのところで食事をしている。
1人1人の距離が近く、屋敷で食事するのとはまた違う暖かさを感じる。
楽しい時間は本当に早く過ぎていき、気づけば、遠くの教会の鐘が午後9時を知らせていた。
「あら、もうこんな時間なのね。さぁ、後は片付けておきますから、皆さんは部屋で就寝準備でもなさってください」
そう言って1人でお皿を運ぼうとしているユリアばあさんを見て、俺もお皿を運んで行く。
「お皿、運んでくれてありがとう、オリビエくん。さぁ、後は私に任せて、オリビエくんはもう寝なさいな」
「あ、はい…。では、失礼します」
ユリアばあさんに寝るように言われたが、明日の準備も兼ねて馬車とルーンの様子を見に行くことにした。
「よしよし、お前も今日はゆっくり休めよ、ルーン」
ルーンの毛並みをブラシで磨いていく。
『オリビエも一人前の御者としてしっかりしてきた、ということじゃないか』
ふと、ウォールター公に言われた言葉が頭をよぎった。
あの言葉は素直に嬉しかったが、少しだけ心に引っかかるものを感じていた。
(……オレは、本当に成長しているのか…?)
その時、家のドアが開き部屋の灯りが漏れた。ドアの方を見ると、ベッポじいさんがジョウロを持って花の世話をしに行くようだった。
「おや、オリビエくん。まだ休んでなかったのか」
オレに気づいたベッポじいさんは少し驚きつつ落ち着いた口調で言った。
「はい、明日の準備が少し残ってたので。これが終わったら休もうと思います」
「そうかい。オリビエくんは頑張り屋さんじゃな」
ベッポじいさんはそう言って微笑むと近くの花畑に水をやりだした。
それからは、それぞれの作業を黙々としていていたが、水やりの手を中断してベッポじいさんが口を開いた。
「そいういえば、オリビエくんは花が成長して花が咲く瞬間は見たことあるかな?」
「え…。…いや、見たことないですね」
「ははは、そうだね。じっくり花を見るのは花売りくらいだろう。まぁ、でも花売りでも成長する瞬間、花を咲かせる瞬間を見逃す事もあるさ。気づいたら成長して花を咲かせているんだ。本当に不思議なものじゃな」
オレはベッポじいさんが何を言いたいのか分からず、黙ってじいさんを見ていた。
「…似てるのう。花も人間も。気づいたらいつの間にか成長しているんじゃ。自分でも気づかないうちに」
ベッポじいさんはそう言って愛おしそうに花に目を落とす。
「オリビエくんも成長したな。そうじゃのう、前より背がだいぶ伸びた」
「……え、はぁ」
「はは、冗談じゃ。背も伸びておるが、人間としても御者としても成長したなぁ」
「…うーん、そうですかね…。自分としてはあまり感じないですけど」
「そういうものだ。さっきも言ったが成長は自分では気づかん。ゆっくり確かめていきなさい」
「………」
「さ、もう遅い。早く休まんと明日にさし
「あ、はい。あの、ありがとうございました」
オレはベッポじいさんに頭を下げてから部屋へ向かった。
(成長は、自分では気づかない、か…)
御者のみち Kuo @kuo3orive3
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