2.のんきに気軽に戯言を

出発前に馬車の積荷の確認や、車体の最終点検を終え、オレは御者席に座った。

御者席から振り返ると、小窓から中の様子が見えるようになっていて、スコット夫妻とそれぞれの召使い2人で楽しそうに会話している様子が見えた。

(今回の旅も、無事に終わると良いな…)

こうした長距離の旅には何かしらの事件や事故に巻き込まれることが少なくない。

貴族の馬車に乗っていればなおさら、盗賊たちが黙っていない。

休憩している時に貴族が狙われる事件も最近の新聞に絶え間なく載っている。

オレは気を引き締めるように手綱を握りしめた。



 しばらく馬車を走らせて、隣町との境目の村に宿駅しゅくえき(馬車を停泊させて休息できる場所)があるので、そこで休憩を取る事にした。

細心の注意を払って。

オレは、スコット夫妻が召使いたちと宿駅の中にあるソファに座っているのを確認してから、再び馬車の点検を行った。

「ルーン、お前も疲れただろう。あと、もう少し…。頑張ってくれよな」

オレがルーンの頭をなでると、オレの言葉に応えるように、嬉しそうにすり寄ってきた。


「あはは!おもしろーい!」

「ねえ、ねえ、それは本当の話なの?」

「本当か嘘か、それを見極めるのは君たち自身だ」

「え〜、ジャックってば、いっつもそう言ってばっかじゃん!」

「でも、ジャックの話ってホントに面白いね!」

ルーンの世話をしている時に、子どものはしゃぐ声と共に聞こえてきた聞き覚えのある声にオレは青ざめた。

(……何で、あの人がこんなところに…)

驚いて呆然としていると、子どもたちの輪の中心にいた人物と目が合った。

「…残念だけど、今日はこれでしまいだ」

「え〜」

「また、面白い話してくれよな」

「あぁ、それじゃ、また」

子どもたちに手を振り終わると、オレの方にニコニコしながら向かってきた。

「こんにちは、オリビエ君」

笑顔を崩さずに挨拶してくる。

その笑顔がこの上なく怖い。

「…こんにちは、カサノバさん…」


ジャック・カサノバ。

貴族を相手に詐欺を行い続け、警察に追われながら色んな街を転々としている、神出鬼没のペテン師である。

貴族をカモにすることが多いため、貴族並の身なりを常にしている。


「やだなぁ、オリビエ君。ジャックで良いって言っているじゃないか」

「いや…、あなたとは親しくなりたくないので」

「素直だなぁ、オリビエ君も」

初めてカサノバと出会った時に何を気に入られたのか全然分からないが、なぜか自分の専属御者にならないかと誘われ、その時からオレを見かける度に雇おうとしてくる。

それでも、勧誘してくる度にエレノア夫人がものすごい勢いでカサノバを追い返していたのだが。

「まぁ、他愛もない話は後にして、どう?オリビエ君、私のところで働く気になった?」

「…あなたも直球ですね」

(何なんだ、この人は…)

はぁ、とわざとらしくため息をついてみせた。

「何度も言っていますけど、オレが御者になったのはスコット夫妻への恩返しのためです。他の人の下で働いても意味ないんです。だから勧誘するのやめてもらえますか?それに、オレ以外にもっと優秀な御者なんてたくさんいるでしょう」

なだけなら、君以外で全然良いんだけどね」

ほんの少し笑顔が曇り、意味ありげなことを言うカサノバに、オレは少し動揺した。

その時、カサノバの後ろに人影が見えた。

見ると、カサノバの召使いであるレジー・アンダーソンが立っていた。


レジー・アンダーソン

カサノバの召使いであり、旅行にいつも付き添っている。

いつも仮面をつけていて、誰も素顔を見たことがない。


「…レジーか」

そう言ってカサノバはレジーの方を向いて何か報告を受け取っていた。

知られたくない事柄なのか、レジーの声はあまりにも小さく、オレにすら声は聞こえなかった。

「分かった。ご苦労だったね」

話が終わったのか、再びカサノバはオレの方に向き直ってにっこりと笑った。

「ちょっと用事ができてしまったから、私はこれで行くとするよ。それじゃ、また」

、と言う言葉を地味に強調してカサノバは去っていった。

(…また誘いにくる気か…)

呆れながらも、オレはルーンを世話しに戻った。


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