対テロ部隊、万全を期す

ジョン・牧紫栗まきしぐりが潜伏しているアジトの近くに到着した肥土達は、先に現場で準備をしていた他の<対テロ部隊>と、不可視光線を用いた暗号通信で連絡を取り合い、配置につく。それらは、現場での作戦を容易にするための工作及び、万が一、肥土達が失敗した場合のバックアップとして配されているものだった。中には当然、アルビオンから派遣された部隊もいる。


その総勢、百名以上。たった一人を確保するためには大袈裟すぎると感じるかもしれないものの、この時代の<軍事作戦>は味方の被害を最小にとどめかつ最大の効果を得ることが目的であるため、そこを徹底するためのコストは惜しまないのだ。ゆえに今回の規模も特別過剰なものでもない。まあ、他の同規模の作戦に比べるとやや多いのも事実かもしれないが。


この辺りはそれぞれの<メンツ>などの背景もあってのことなので、気にしても無駄だろう。加えて、問題なく作戦が終えられれば、ここまでの規模の部隊が展開していたこと自体が誰にも知られることなく『なかったこと』にされるのだ。ゆえに投じられたコストが表に出ることもない。たいていは、


<装備調達費>


等の名目で書類上は処理されるだけである。


そんな中で、肥土達も、民間の配送業者のそれに擬装されたトラックの底部から外に出て、それこそ、


<人間とは思えない動き>


で闇にまぎれて移動する。もし偶然誰かが目撃しても人間ではなく、


『黒い犬のようなものがいた』


くらいにしか認識できないようにするためというのもあった。


これまで無数の戦争を経て、経験を積み、ノウハウを磨き、


『犠牲を出さずに目的を遂行する』


ことを第一義として、徹底した研究と研鑽を重ねてきた姿だった。なのにクグリはそれをたった一人でこともなげに破綻させてみせたのだ。彼の異常さ非常識さが分かるというものである。


千堂アリシアがニューオクラホマ市で遭遇した<試作品>も途轍もない力を有してはいたものの、やはりクグリ本人ほどの、


<神がかり的な強さ>


ではなかったのも事実である。


だからこそ、<アフリカ内海>での捜索により、


『クグリは死んだ』


という確証を得たかった。そのためにアリシアも全力を尽くした。なのにそれは果たされず、<クグリ>というテロリストの存在は今なお火星社会に暗い影を落とし、それを想定した準備が続けられている。


<クイーン・オブ・マーズ号事件>以降、クグリによるものと思しき事件は一件も発生していないにも拘らず、だ。


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