千堂アリシア、旅の終わり

けれど、たとえ答が見付かろうとも、すでにタラントゥリバヤはこの世にはいない。彼女が救われることは未来永劫ない。その可能性を自ら摘んでしまったのだから。


その事実の前に、千堂アリシアは打ちひしがれた。普通のロボットは、機体が壊れようともそのデータを新しい機体に移し替えることで復帰できる。何度でもやり直すこともできる。


けれど、千堂アリシアの場合は、それができない。今の彼女が失われてしまえばもう二度と蘇ることはない。それはある意味では<死>であり、その死を得たアリシアだからこそ例えようもない無念を覚えてしまうというのもあるだろう。


破壊されたタラントゥリバヤの墓標の前に立ち尽くす彼女の髪を火星の風が揺らすだけで、誰もアリシアの苦しみを悲しみを救ってはくれない。千堂京一せんどうけいいちの傍にいれば癒されるものの、それは『問題を解決した』ことにはならない。


それも分かったしまった。だからこそ、


『ああ……そうか……』


と思えてしまう。


『タラントゥリバヤさんも、そのことに気付いてしまったのかもしれない……』


そうだ。タラントゥリバヤの心が癒されたとしても、<問題>そのものは消えてなくなるわけじゃない。父親がロボットにうつつを抜かしたこと。母親が自ら命を絶ったこと。タラントゥリバヤが父親を包丁で刺してしまったこと。そして、タラントゥリバヤが友人の命を奪ってしまったこと。


それらの事実がなかったことになるわけではないのだ。


その現実が、つらい……


「タラントゥリバヤさん……生きるって、つらいですね……」


アリシアは空を見上げ、呟いた。


こうしてアリシアの<旅>は、終わりを告げたのである。




火星そのものをテラフォーミングして人間が住める環境にしてしまうほどの途轍もない科学技術を得ても、<人の世の苦しみ>そのものは解決できていない。対処法はいろいろ編み出されつつも、そもそもそれを起こさないということはまだ実現できていない。


それを『愚か』と罵るのは簡単だが、そうやって罵ってる当人がその<苦しいことの多いこの世>というものの片棒を担いでいることは間違いないのだ。誰かを罵って痛みや苦しみを与えているのだから。


ただ、そういうことのすべてが解決されてしまったらそれはもう<人間>という生き物とは別の存在になってしまうのかもしれない。それが好ましいことなのかどうかは、そうなってみないと検証もできないだろう。


千堂アリシアがその結末を見ることができるかどうかは分からない。彼女はいずれ確実に<死>を迎えるがゆえに。


と同時に、AIやロボットは、人間という種そのものが滅んでしまわない限り、いつか人間がそこに辿り着く瞬間に立ち会うことができるのかもしれない。








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