千堂アリシア、決意する
<隠蔽体質>が染みついているボリショイ・ゴーロトでは、たった一人の人間に関する過去など、その気になれば容易く消し去ってしまえるのかもしれない。せめて著名人ならさすがにすべての痕跡を消し去ってしまうことはできないとしても、ここにいた時点ではただの<子供>に過ぎなかったタラントゥリバヤのことなど。
むしろここまで辿れただけでも上等なのだろう。本気で抹消しようとしてはいなかったのだとも考えられる。
それでも、このデータ社会においてこの程度の情報しか得られなかったという事実そのものは、決して軽いこととは言えない。
だからこそアリシアは思う。
『私だけはあなたのことを覚えておきたい。あなたの笑顔を、あなたの姿を、あなたの声を、あなたの仕草を……』
こうして、
「お世話になりました」
アリシアは、<チャイカ・クラウブレ>の所有者である人物に深々と頭を下げ、そしてリンクを解除した。
その上で、
「千堂様。私、行きたいところがあります」
「行きたいところ? リモート・トラベルではなく?」
正直なところ彼女が何を言おうとしているのかを察しつつも、千堂はそう尋ねた。それに対してもアリシアは、やはり真っ直ぐな視線を向けて、
「はい、タラントゥリバヤさんのお墓に参りたいです!」
きっぱりと断言したのだった。
タラントゥリバヤの墓は、出身地であるボリショイ・ゴーロトでも大学に通っていた都市でも遺体の受け入れが拒否され、結果、あらゆる理念や主義主張から中立であることを旨とする都市でようやく簡単な葬儀が行われ、
<縁なき魂の安息の地>
とされる共同墓地へと埋葬されることとなった。しかしそこでさえ、テロリストに対する憎悪は根強く持つ個人は少なからずおり、<クイーン・オブ・マーズ号事件>に関与して死亡したテロリストの半数以上の墓がそこに築かれたものの、そのすべての墓石に落書きやハンマーなどによる打撃が加えられ、無残な姿を晒しているという。
その現実と、彼女は向き合いたいと思ったのだ。
すでに死亡しているタラントゥリバヤ本人とはもう言葉を交わすことはできないものの、ただタラントゥリバヤが辿り着いた地に赴き、直に触れたいと思ったのである。
そんな彼女に対し、千堂は、
「分かった。今度の長期休暇を利用して、赴こう。せっかくだから営業も行いたいしな」
などと、『長期休暇を利用して仕事を行う』という本末転倒なことも口にしたとはいえ、それも結局はアリシアを気遣ってのことなのだった。
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