千堂アリシア、胸が苦しい
『タラントゥリバヤさん……』
ボリショイ・ゴーロトでの<調査>で、社会の彼女に対する憎悪の根深さを改めて思い知らされた千堂アリシアは、ただただ悲しかった。両親の問題に巻き込まれただけの<被害者>に過ぎなかった彼女が<加害者>になっていく過程を、大まかとはいえ見せ付けられたことが苦しかった。
もっとも、彼女の機械の体は、こういう時でも、人間のように胸が苦しくなったりしない。なったりしないのだが、彼女のメインフレームは、何とも言えない負荷が掛かっている今の状態を、『苦しい』と規定する。
『胸が苦しい』
と。
実際のデータ上は、なんの異常も検出できないというのに。人間の場合は、心理状態が実際に肉体に影響を与えたりもするが、ロボットである彼女にはそれはない。せいぜい、『苦しい』と感じることによってリソースが奪われ、本来のパフォーマンスが発揮できなくなったりするだけだ。
それだけでも、本来のロボットにはない反応なのだが。
そんな彼女が見た、タラントゥリバヤの存在そのものをなかったことにしようとしているかのようなボリショイ・ゴーロトでも、人間達は普通に生きて暮らしている。市場には活気が溢れ、笑顔の人々も行き交っている。ごくごく普通の<平和な光景>が広がっている。
ただそこにタラントゥリバヤの姿はないというだけだ。彼女の存在をなかったことにして、彼女がどうしてテロリストへの道を選ぶことになったのか考えようともしないで、それに目を逸らして、都合の悪いものには蓋をして切り捨てて、それで<平穏>を演出しているだけにしか、アリシアには見えなかった。
『人間はそれを結局、『運が悪かった』とか『生まれつきの性格だから』と考えることで見て見ぬふりをするのですね……』
そうとも思えた。それなのに、彼女は人間を嫌ってしまえない。見捨ててしまえない。
ロボットであるがゆえに。
そして、タラントゥリバヤのことも。ただのテロリストとして切り捨ててしまうこともできなかった。自分に向けてくれた笑顔のすべてが嘘だったとは、アリシアにはどうしても思えなかったのだ。<嘘の笑顔>なら、ロボットである彼女には見抜けてしまう。それだけの性能は持っている。
人間に寄り添い、その心まで支える役目を与えられたロボットであるがゆえに。
知り合った時にはもうすでにテロリストの一員だったタラントゥリバヤにも、ただの一人の人間としての部分も確かにあったはずなのだ。
父親を包丁で刺してしまった彼女は、その父親に養育を拒否され、施設に入り、そこからフリースクールに通い、ボリショイ・ゴーロトとは別の都市の大学に通い、そしてキャビンアテンダントとして航空会社に就職したと記録にはあったのだった。
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