人間は、『複数の自分が同時に存在している』という状態に耐えられない

人間は、


『複数の自分が同時に存在している』


という状態に耐えられない。一部には二体ばかりのメイトギアを同時に操ることができた人間もいたが、それはあくまで例外的な存在でしかなく、一般的に利用できる道筋を立ててくれる事実ではなかった。


なにしろ、『ゲーム内で複数の自機を操る』程度の話ではないのだ。


『自分の体が複数あり、自分が自分を見詰めている状態で、それぞれ別の作業をこなす』


のである。この、


『自分の体が複数ある』


『自分が自分を見詰めている』


状態に、人間の精神は耐えられないらしい。自分が同時に複数存在しているという感覚を、生身の人間は持ちえないがゆえに、自我を保てなくなるのだと言われている。


一方、ロボットにはそもそも明確な<自我>がない上に、千堂アリシアでさえいまだに<自我>というものを明確には認知できていないと見られていた。


自分が<千堂アリシア>であることは理解しているしそれを<自我>だと言うのならそうなのだろうが、


『自分の体が複数同時に存在する』


こと自体がロボットにとっては特別な感覚ではないため、違和感が生じないらしいのだ。しかもマルチタスクを実行しているとはいっても実は<優先度>は極めて明確に割り当てられており、


『<千堂アリシア>としての自分がプライマリであり、それ以外はセカンダリ以降でしかない』


のである。これはシステム上、厳然とした事実であり、変更はできない。他の機体をプライマリに設定すると、千堂アリシアの機体がセカンダリの立場になるだけで、それはもう<千堂アリシア>ではない。


このように、機械は厳密に自他を区別している。むしろそうでないと<機能の競合>を起こして正常に動作しなくなる。


もしかすると人間の場合もこれに当たるのかもしれない。<複数の自分>が競合して機能不全を起こすという形で。そのような処理を行う経験などしていないし、それを前提にした情報処理を行える構造を持たないがゆえに。


また、


<複数の視覚情報>


<複数の聴覚情報>


<複数の触覚情報>


についても、元々ロボットはそれを並列処理することを前提に設計されているので、それぞれの情報は別々に処理され、混線することもない。


現時点で存在する、


<三体の千堂アリシア>


は、結局、JAPAN-2ジャパンセカンドメイトギア課のオフィスにいる千堂アリシア以外は彼女が制御している<子機>でしかないというわけだ。


しかし、彼女のことをよっぽどよく知る者でなければその区別はつけられないだろう。


『外見で区別を付けられる』


という意味ではなく、その振る舞いそのもので、だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る