千堂アリシア、人間の社会の現実を見る

『性的搾取を根絶する』


その達成のために、現在では地球でも火星でも、原則、生身の人間による性的サービスの提供は禁止されている。貧困を理由に体を売らなくても、何らかの形で支援はある。ニューオクラホマのように<食糧の現物支給>という風に現金以外の場合も少なくないが、それでも『飢える』ことは回避される。


にも拘らず、自ら進んで自身の体を売ろうとする者は、男女問わず存在した。


かつてはそれを<職業選択の自由>ということで認めてきた時期もあったが、これを悪用し、本人に、


『私は自ら望んでこの仕事に就いています』


的な文言をしたためさせた上で『性風俗へ落す』という行為が後を絶たなかったために、


『本当に自ら望んで就いたのかどうかの判別は困難である』


として、現在は(建前上は)全面的に禁止されているのだ。それでもなお、


『性的にとはいえ自分が求められることに精神的な救いを見出す』


という者もおり、かつては<援助交際>や<パパ活>という言葉でも表現された、


<個人による売春行為>


も今なお残り続けている。そしてそのような行為は、ここアンブローゼでも存在していた。


<アリシア2234-HHCのアンブローゼ仕様>にリンクした状態で繁華街を歩く千堂アリシアを見掛けて、道路脇に立っていた女性達の何人かが、すっとコンビニなどに入っていく様子が何度も見受けられた。


もちろん、たまたまそのタイミングで店に入った者もいるだろうが、中には何人かの<買春待ちの女性>も含まれていた。メイトギアをはじめとしたロボットは、不法行為を目にすると当局に通報する機能が搭載されているので、あからさまに『買春待ち』をしていると通報されてしまうからだ。もちろんそれで即逮捕とはならないものの、確実に警官が駆け付けて職務質問を受け、場合によっては任意同行も求められることから、それを避けるためにコンビニ客などを装うわけである。


『待ち合わせとかの場合もあるんじゃないか?』


と思うかもしれないが、通信用の携帯端末を持たない者はもはや存在しないこの時代、


『待ち合わせ場所で待ちぼうけ』


ということもほぼない上に、『買春待ちと誤認される』ことを嫌って、たいていは店の中で待つことが当たり前になっている。加えて、治安の悪いところでは道端に突っ立っていると犯罪に巻き込まれることもあるため、そんな迂闊な者はほとんどいない。


『これも人の社会の現実なんですね……』


アリシアは、察しながらも通報は行わず、そんなことを思っていたのだった。


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