間倉井診療所、再開する

こうして、大変な一日を終えた間倉井まくらい診療所では、間倉井まくらい医師が復帰するまでの間、複数の病院の医師らによるローテーションにて、診療所としての機能を維持することとなった。


辻堂つじどうニーナと寛慈かんじは、久美と亜美による手厚い看護を受けて、かつ、新生児の世話についても丁寧にレクチャーを受け、夜間は授乳以外は久美と亜美に寛慈の世話を任せ、ニーナは自身の回復に集中する。これが、この時代では普通だった。元よりメイトギアは、高齢者の介護や育児の補助を行うことを目的に開発されたロボットである。むしろ本来の運用方法と言えるだろう。


なのでそれはいいとして、あの日、目を覚ましたらいつの間にかアリシア2234-LMNが戻ってきていたことに秀青しゅうせいは、


「無事に終えられたんだな?」


と問い掛け、


「はい。滞りなく」


彼女の返事にこちらもホッとしていた。それからは予定通りに明帆野あけぼの荘に宿泊しつつ昆虫の観察を続け、それをレポートにまとめていく。


と同時に、アリシア2234-LMNのストレージに溜め込み過ぎていたデータを新たなクラウドサーバーと自宅に設置したサーバーに改めて移し替え、記憶容量が圧迫されていた状態を解消した。


「はあ……いくら手元に置いておいた方が安心だからって限度ってものがあるよな……」


と反省する。十分な容量が確保されていれば、千堂アリシアに迷惑を掛けることもなかったのだから。


とは言え、秀青自身は知らないものの、実はそのおかげで安吾は無理なくニーナの出産に立ち会えたので、ある意味では<怪我の功名>という状態だったとも言えるだろう。あのままアリシア2234-LMNが間倉井まくらい医師の指示の下で対応していた場合、安吾はずっと立ち会っていられなかった可能性が高い。


秀青のアリシアはあくまで<普通のメイトギア>だからである。特殊な設定を行って、メイトギア特有の<笑顔>は見せなくなっているだけで、その程度であれば、千堂アリシアに比べれば<普通の範疇>に収まってしまうだろう。


ナース仕様ゆえに必要以上の笑顔は浮かべず淡々とした対応をする久美や亜美でさえ、安吾にとっては『気持ち悪い』のだから。




ただ、こうして何とか無事に再開できた間倉井まくらい診療所ではあったが、その一方で、朝倉病院に入院中の間倉井まくらい医師は、あの日から意識が戻らなかった。ニーナの処置を、朝倉病院産婦人科の当直医に引き継いで眠りについてから、ずっとだ。


容体そのものは安定しているものの、百二十年に及ぶ人生の疲れを癒そうとでもするかのように、眠り続けているのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る