千堂アリシア、ミュートする

『なんだい……よろしくやってるじゃないか……』


タブレット越しにニーナとアリシアの様子を見て、間倉井まくらい医師は苦笑いを浮かべてみせた。いくら局所麻酔でも済むからと言っても、開胸手術の真っ最中にである。


実に豪胆だと言えるだろう。


なお、ニーナと安吾のこの時のやり取りはさすがに他人に聞かれては『恥ずか死ぬ』レベルだっただろうから、アリシアの判断でミュートされていた。必要とあらばアリシアの<口>を介しなくても間倉井まくらい医師とやり取りはできるので、問題はない。加えて間倉井まくらい医師も、産婦が思わぬことを口走る事例が少なくないことは知っているので、


『どうせ、安吾と恥ずかしいやり取りでもしてんだろ。若いねえ……』


と察していた。この辺りも、出産に差し障るようなものでなければどうでもいい。むしろ産婦がそれでリラックスできるなら望むところだ。


タブレットに映し出されているバイタルデータも、まだまだ出産は中盤でしかないことを物語っていた。なら、急ぐ必要も焦る必要もない。自分の命も、目の前ですごく集中している若い医師に預けてあるのだから、それこそ、


<まな板の上の鯉>


状態である。気にしても仕方ないし、ニーナの出産が終わるまではもたせてくれると言った。さらには、自身のオペの様子も別のタブレットに映し出されていて、自ら確認することができた。その藤田医師の手によるオペは、


『これあすごいね……私なんか足元にも及ばないよ……』


間倉井まくらい医師自身がそう思ってしまうものだった。


『時代ってのは先に進んでるってことだねえ。私だってまあまあ自信はあったんだけど、上には上がいるってことでもあるさね……』


そう考えると、


『なんか、まだ生きられそうな気がしてくるよ……』


とも思わされてしまった。


そうだ。覚悟はしたものの、まだもう少し生きながらえさせてもらえるなら、他にも気になる患者はいる。


宿角すくすみのジジイとババアも、遠からずお迎えが来るからね。二人のことも私が看取ってやらなきゃいけないだろ……』


などと、宿角すくすみ森厳しんげん宿角すくすみレティシアのことを思ったりもした。二人も自分と同じく百二十歳を迎え、人生の最終盤に差し掛かっている。今、この瞬間に心臓が鼓動を刻むことをやめてしまったとしてもなにも驚かない。実際、心臓をはじめとした各臓器も明らかに衰えてきている。今すぐどうにかなるような印象はなかっただけで。


『その辺りも欲張っちまうじゃないか。まったく、罪深いもんだよ。医療ってのは……』


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