藤田医師、オペを開始する

こうしていよいよ始まったオペだが、今度は血管そのものを人工のものに置き換える手術だったこともあって、カテーテルではなく開胸手術によって行われることになった。


ただし、<開胸>と言っても、切るのはわずか数センチ、そこから極細のカメラ付きロボットアームや鉗子を差し込み手術するため、局所麻酔でも行えるものだった。傷口を小さく済ませ術後の回復を早め、QOLを限りなく高めることを目指してのものである。


藤田医師は、この術式の第一人者の一人でもあった。それが、律進慈りっしんじ医科大からの圧力によって、手は空いていたというのに間倉井まくらい医師の支援要請に応じることができなかったのだ。藤田医師個人はそれを承服できなくても、病院としては無視することはできなかった。いずれ他からの介入によって解消されるのは分かっていても率先して歯向かえば、今後の病院運営にも少なからず影響が出る。それは結局、病院の存在を当てにしている患者達の不利益にもつながるだろう。


わざわざ今の人間社会を根底から支えてくれているロボットを否定するような者達のために、他の多くの患者を犠牲にすることはできないと考えるのは、病院としては当然のことだったに違いない。そんな病院側の判断を<悪>と断じることはおそらく<正義>ではない。


もっとも、間倉井まくらい医師らは、先にも述べたとおり、決して<AI・ロボット排斥主義者>ではなかった。安吾のような明らかな心身症として顕在化する者も含め、そこまでじゃなくてもただ『苦手だな』と感じる者達が、強引に社会の方を自分達に従わせるのではなく、ロボットを苦手とする者達が暮らしやすいコミュニティを作ろうとして生まれたのが<実験集落・明帆野あけぼの>というだけの話である。


けれど、それを、<人類の夜明け戦線>のようなテロリストと混同してしまいがちなのも、人間が陥りやすい思い込みというものなのだろう。そしてそれを単なる思い込みだと分かっていても、社会の大多数の認識がそうだとすれば無視できないというのも、人間という生き物のさがであろう。


残念なことではあるが。


さりとて、千堂京一せんどうけいいちの働きかけもあり、律進慈りっしんじ医科大からの圧力も解消されたのだから、今は目の前の患者に全力を注ぐだけである。


『初期対応が遅れたお詫びとしても、この手術を成功させなければ……!』


藤田医師はそう自らを奮い立たせた。恐ろしく細かい指先の動きでロボットアームを的確に操作し、もはや崩壊寸前だった血管を人工血管へと交換していく。


カメラによって映し出されるその光景は、まさに魔法のようですらあったのだった。


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