千堂アリシア、祈る

こうして救急ヘリが明帆野あけぼの目掛けて飛行する間も、久美と亜美による間倉井まくらい医師のオペは続いた。そうして六箇所目の処置を終えたところで、ようやく小康状態となった。


ただし、それもどこまでもつのかは予断を許さない状態だ。間倉井まくらい医師の血管はそれだけ状態が悪く、いつ、特大の大動脈解離を起こしても不思議ではなかった。


だからこそ血圧のコントロールが求められる。


と、その時、フッと間倉井まくらい医師の意識が途絶えた。気を失うようにして突然にである。


間倉井まくらい医師の意識レベルが一気に低下したことを察知し、久美と亜美は、<救急救命モード>へと移行した。同時に、千堂アリシアも。


医師の指示がなければ、救急救命処置、応急処置以外の医療行為ができないのだ。


ただ、同時に、出産というのは、始まってしまえばそれを中断することはできない。ゆえに、医療行為には当たらない範囲での補助と、救急救命に必要な最低限の処置は行える。


<会陰切開>はできないが、<万が一の蘇生措置>は行えるということだ。産婦だけでなく、新生児に対しても。


さりとて、


『お願いします。このまま無事に推移してください……!』


千堂アリシアとしては祈らずにいられなかった。蘇生措置は行えたとしてもその後の医療行為は、医師の指示がなければできない。それがどのような影響をもたらすかは、なってみないと分からない。それは嫌だった。


間倉井まくらい先生……!』


祈りつつも、ニーナの出産を見守る。ここまでのところは順調だ。胎児にも異常は見られない。


分娩が始まってまだ三時間余り。初産では丸一日かかるようなことだって珍しくない。焦っても仕方がない。仕方ないが、焦れる……




さらに一時間が経過。大雨暴風警報が解除され、


「ニーナ!」


学校に避難していた生徒とその家族も、安全が確認された自宅に帰ったことで、安吾が学校のことを用務員に任せ、間倉井まくらい診療所に駆け付けた。


「しーっ! しーっ!」


慌ててドアを開けた安吾に、立志が口に指をあてる。


「静かにしろ! オペ中だぞ!」


「あ、そうか……!」


間倉井まくらい医師が急病で緊急オペに入っていることは、明帆野あけぼのの全世帯に知らされている。その上で、邪魔にならないように訪問を控えるように通達も出されていた。


その中で、安吾だけがいてもたってもいられずに来てしまったのだ。まあ、彼の場合はニーナの出産という事情もあるので、これは大目に見てもらえるだろうが。


「で、どうなんだ?」


安吾が問い掛けると、


「まだまだ時間はかかるそうです。でも、僕のアリシアが対処してますから、ご安心ください」


秀青がとても落ち着いた様子で説明する。しかし、そんな秀青を見て、


「誰……?」


安吾は呆気にとられたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る