竜の刺青の男と黒ずくめの何者か、そのスタンスの違い

<竜の刺青の男>は、これまでずっと、満たされないものを感じていた。両親から、


<人体を確実に破壊する技術>


と、


<それを確実に躊躇なく発揮できる気構え>


を伝授されたが、そもそもそういうものが必要とされる生き方ができなかった。だからゲリラに合流しようとした。<相手>も<目的>もなんでもよかったのだ。典型的な、


<手段と目的が逆転しているタイプ>


だった。


男の両親は、自分達の子をそんな風に育てておきながら、彼が上官二名を殺傷した事実により不名誉除隊となったことで、


「お前のような奴は私達の子じゃない!」


と吐き捨てて彼の前から去り、その後に次子を作り『今度こそ』と同じような教育を施していたが、次子が十二になったその日に共に拳銃で射殺されたのだという。


その時点で両親が暮らしていた<都市>では、十二歳以上は、犯罪の内容によっては成人(十八歳以上)と同じく刑事罰も受けるということもあり、<第一級殺人罪>により懲役二百年を言い渡され、現在も服役中である。


男は、そんな両親の最後も知り、なお一層、虚しさを感じていたようだ。


『戦時を生き抜くために戦闘スキルを磨いたはずが、平時に自分の子供に殺されるとか、あいつらは何のために生きてたんだ?』


と。そして、


『あんな奴らに戦闘スキルを叩きこまれた俺は、何のために生きてんだ?』


と。


だが今、そういう<虚しさ>や<疑問>は、この瞬間の<愉悦>の前には塵にも等しかった。


『くそう! 楽しい! 楽しいじゃねえか!!』


<竜の刺青の男>は、普段は周囲から『クールでクレバーなヤツ』と評されるくらいにあまり感情を表に出さず、『ノリが悪い』とまで言われることもあったが、そんな普段の姿からは想像もつかないほどに楽し気だった。


『間違いねえ! こいつ、戦場で敵を絞め殺したことがある奴だ……! ははっ! 最高だ!!』


<黒ずくめの何者か>と、互いに相手の命をも奪うつもりの容赦ない戦いを繰り広げながら、絶頂にさえ達しそうな高揚感を覚えていたのだ。その所為か、男の竜の刺青そのものが生きているかのように躍動して見えた。


もっとも、相手の<黒ずくめの何者か>は、それこそ一切の感情を表に出さず、


『ただ目の前の<障害>を排除』


しようとしているだけのようだったが。


それはおそらく、


<アマチュアとプロフェッショナルの違い>


なのだろう。


<殺し合いを楽しもうとする者と、自身の任務を果たすためにただ障害を排除する者との違い>


と言うべきか。


そうだ。戦争は<お遊戯会>じゃない。戦場に愉悦を求めるのは個人の勝手かもしれないが、敵を倒し味方に損害を出さないようにするのが本来の<戦術>というものなのだから、自身の愉悦を優先しようなどというのは、アマチュアの発想なのだ。


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