千堂アリシア、胸が満たされる

家宅捜索令状が発行されるまでの間、千堂京一せんどうけいいちとアリシアは、その近所を散歩することにした。時間としては三十分ほどで済むはずなので、あまり遠くにはいけないが。


それでも、桜井コデットの友達の<かほり>と<結愛ゆな>が『ネコ公園』と呼んでいたあの児童公園にも立ち寄る。するとそこには、何匹もの猫がたむろし、寛いでいた。


<ブータ>と呼ばれる、巨大猫がいない時には、他の猫達がこうして寛いでいるらしい。


すると、公園の隣の家から女性が出てきて、


「ほれ、食べな」


餌を入れた皿を三つ、地面に置いた。これが日常の光景ということか。


猫達もパッと集まって、我先にと餌を貪り始める。


きっと<ブータ>がいないうちに食べないと、十分にありつけないのだろう。


そうして猫達が餌にありついている間に、女性が、猫達の糞の始末を始めた。


「あ~、汚い汚い。やんなるねえ、まったく……!」


女性はそうブツブツと独り言を口にしながらも丁寧に掃除をしていた。悪態を吐きつつも本気で嫌がっているわけでないのが、アリシアには察知できてしまった。バイタルサインと表情筋の緊張具合からは強い嫌悪感が読み取れないのだ。


それを、公園の脇の道をゆっくりと歩きながら、千堂とアリシアは眺める。


さらにしばらく歩くと、あの<地蔵>というか<道祖神>というかが祀られた祠が見えた。けれどそこには、ナニーニの姿はない。おそらく行動パターンが変わって寄り付かなくなったのだろう。それでも、ナニーニ自身はまだそれなりに健康なのは先ほども確認できたので、心配はしていない。


そして今度は、あの<駄菓子屋>の前を通る。


「この店も相変わらずだな」


千堂が優しく微笑みながら呟く。とは言え、さすがに駄菓子を買うでもなく通り過ぎるだけだった。


そこからまた歩くと、今度はあの、<メイトギア課に努めていた夫を持っていたという高齢女性>の家の前に辿り着く。


けれど、今日は姿が見えない。家の中に気配はあるので、何か家事をこなしているのだろう。当たり前の日常を送っているのが分かる。異常な気配も探知できないので、アリシアは安心した。


他にも、家々の隙間を通り抜けていたコデットを怒鳴りつけた男性も、やはりあの窓にもたれかかって寛いでいるのが見えた。


かつて、いろいろな思惑や感情のもつれから騒動になったことや、<もてぎ荘の大家の女性>のような辛い経験などを含みながらも、ここでも人々は普通に暮らしていることが改めて感じ取れる。


アリシアはその事実に胸が満たされるのを覚えていたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る