千堂アリシア、気に病む

こうして、刑事達が本部と<協議>している間に、千堂京一せんどうけいいちと桜井コデットがなぜか打ち解け合っていて、その上で、


「ばいば~い♡」


「はい、気を付けてお帰りください」


などと一通りの交流を終えてしまっていた。


『あはは……♡』


アリシアもコデットに手を振りながら、内心では苦笑い。大人の面倒なあれこれとはまったく無縁な千堂とコデットの様子に、微笑ましさも感じながら皮肉も感じ取ってしまっていたのだった。


『人間は、大人になるとこのシンプルさは維持できなくなるんですね』


と思いつつ、同時に、<もてぎ荘の大家の女性>のような事情では、無理もないのだろうとも思ってしまう。


本当に、人間の世界には悲しいことが多すぎる。<生きる>ということそれ自体が過酷な試練なのだと考える外にないくらいには。


「アリシア、済まないな」


悲し気に佇んでいた彼女を、千堂が労わってくれる。これがなければ、アリシアも耐えられなかったかもしれない。<生きるという過酷な試練>を乗り越えるには、誰かの労りが必須なのだと改めて感じる。


あの、<もてぎ荘の大家の女性>は、十分に労わってもらえたのだろうか……?


たぶん、十分ではないだろう。十分ではなかったから、あれほど強硬な態度に出てしまうのだ。


アリシアにはそう感じられてしまった。


けれど、


「お待たせしてすいません。やはり、今日のうちに終わらせたいとの本部の意向で、家宅捜索令状を請求することになりました。そちらのアリシアのデータなら十分に認められるでしょう」


ようやく電話を終えた刑事がそう告げてきた。


「そうですか。分かりました」


千堂としては出直すつもりになっていたにも拘らずのそれに、『分かりました』とは応えつつ本心では納得いっていないのがアリシアには分かってしまった。


『私が警察にデータを送ったから……』


そう思ってしまったアリシアだったものの、それは違う。警察などの関係諸機関に情報を提供するのは、ロボットに与えられた役目の一つだ。彼女の行いは、ロボットとしては何も間違っていない。提供された情報をどう扱うかは、人間の側の判断なのだ。他ならぬ人間自身が、判断そのものをAIとロボットに丸投げせず、自ら判断と決断を行うと決めたのだ。


アリシアには何の非もない。


ただ、何の非もなくても、自分の行いが原因で好ましくないことが起こればそれを気に病んでしまうことがあるのも、<心>というものを持つ存在の業なのかもしれない。


「アリシア、君は間違っていない。これは人間が背負うべきことなんだ」


「……はい……」


アリシアが気に病んでいることを察した千堂の労りに、彼女は小さく頷いたのだった。


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