アリシア、絶叫する
次々と破壊されていく僚機の姿に、千堂アリシアは決断した。たとえどんな相手であってもどんな凶悪な殺人鬼であっても、もう人間の命を奪うのは嫌だと思っていたけれど、この男にそれは通じないと思い知らされていた。だから撃った。組み付いた自分ごと、外に待機していたCSK-305のチェーンガンで。
「ヴーッッッ!!!」
一秒に数十発もの弾丸を放つチェーンガンが発する音は、とても<射撃音>と思えない。まるで大排気量のエンジンの咆哮のようだ。
そして雨のように弾丸を浴びる彼女の体に、見る間に痣のような模様が出来ていく。
彼女はリンクしていたのだ。CSK-305と。かつてリンクした時とは逆に、自らを本体として。肥土に責任を取ってもらう立場だと強調したのは、この為でもあった。軍に配備されたCSK-305とのリンクを許可してもらわなければいけなかったのだから。
「はははははははっはははははっっ!!」
なのに、楽しそうに高笑いを浮かべるクグリは、この攻撃すら察知していた。察知して躱そうとしたが、アリシアが組み付いていたことで僅かに反応が遅れた。にも拘わらず楽しそうなのだ。
無数の弾丸を浴びるが、なぜかそれらはクグリには当たらなかった。まるで弾丸の方が避けているかのように当たらない。
『有り得ません! こんなこと有り得るはずがないんです!』
アリシアは信じがたい光景を目の当たりにして、戦闘モードにより制限されている感情の中で自らにそう言い聞かせ、決してクグリの体を離さなかった。
既に十秒近い時間が経ち、放たれた弾丸は数千発に達していた。そして、それらを浴び続けるアリシアの体に当たった一発の弾丸がその軌道を逸らし、遂にクグリの体を貫いた。
「!!」
腰から入ったそれが腹腔内をデタラメに跳ね、腸をズタズタに引き裂いて背中から飛び出す。十分に致命傷になる一発だった。
アリシアごと壁にぶつかり、怪物のごとき男は、とうとうその動きを止めた。アリシアは言った。
「降伏してください! 今でも貴方の体は非常に危険な状態です。今すぐ降伏して、緊急に処置を受けてください。でないと確実に死にます!」
それでもクグリは笑った。
「死ぬ? そいつぁいい! 最高に興奮するぜ!」
彼が本気でそう考えてることを、彼女の機能は察知していた。この男はここに至っても、自分の命すらも娯楽の対象としか見ていないのだ。
『どうして…どうして貴方は……!?』
縋り付くように見詰めるアリシアを、クグリは振り払った。普通なら動くことも出来ない筈なのに、超一流のアスリートよりも早く走り、壁に空いた穴から体を外に躍らせた。確実に海に落ちる勢いだった。
「!?」
だがアリシアも反応していた。空中でクグリの左腕を掴み、そのまま下のデッキの転落防止柵の上に落ちた。柵が大きく曲がり、アリシアの体が跳ねて海へと落ちそうになった時、一緒に飛び降りたアリシア2234-MMNが千堂アリシアの脚を掴み、さらにアリシア2121-GINがアリシア2234-MMNの体を押さえて海への転落を防いだ。
一度は覚悟したアリシアだったが、どうしても死なせたくなかった。この男に、自分がやったことを理解してもらいたいと思った。どれだけの人間が苦しんで、どれだけの人間が無念を感じたのかということを理解してもらいたかった。その為には、少なくとも今は生きていてほしかった。
なのに、この男はそんなアリシアを嘲笑した。
「ハハハ! てめぇ、まだ俺を助けられるとか思ってんのかよ!? さすがロボットは頭が
クグリはハンドカノンを構え、引き金を引いた。爆発音のような銃声が空気を叩いた。だがその銃弾が打ち砕いたのは、アリシアではなかった。アリシアが掴んでいた自らの左腕を、クグリは撃ったのだった。
「あばよ! 地獄で待ってるぜぇ!!」
クグリは最後まで、ロボットも人間も嘲笑い愚弄しながら真っ暗な海へと消えていった。
アリシア2234-MMNとアリシア2121-GINに支えられてデッキからぶら下がり、千堂アリシアはクグリが消えていった海を見詰めていた。まだ戦闘モードが起動中の筈にも拘らず、その顔は間違いなく泣き顔であった。
「どうして……」
千堂アリシアを引き上げた後、アリシア2234-MMNとアリシア2121-GINは、それぞれの主人の下へと帰っていった。しかし、千堂アリシアにはまだしなければいけないことがあった。もう見当はついている。戦闘が始まる少し前、第五デッキへと上がる階段の踊り場に異変があったことに気付いたのだ。
アリシア2234-MMNとアリシア2121-GIN以外のアリシアシリーズとのリンクを切る直前、そこで二機のアリシアシリーズが機能を停止したのだった。だから間違いなくそこにいる筈だ。タラントゥリバヤが。
その踊り場付近まで来た時、アリシアはそれ以上近付くのを止めた。目の前には二機のアリシアシリーズが階段を上りかけた格好のまま停止していた。非常停止信号だ。近付こうとしたアリシアシリーズを、タラントゥリバヤが非常停止信号で止めたのだ。
この位置からだと彼女の姿は見えない。だがその時、船のシステムがテロリストの支配から解き放たれ、監視カメラが復帰した。アリシアはカメラ映像を受信し、階段の踊り場を見た。そしてそこに倒れているタラントゥリバヤの姿を確認した。
心音が弱い。フローリアM9が投げたナイフは、太腿の動脈を断っていたのだ。出血性のショックが始まりかけていた。危険な状態だ。アリシアはその場から声を掛けた。
「タラントゥリバヤさん! 私です、千堂アリシアです! 残ってるのはもう貴女だけです。終わったんです。降伏してください!」
彼女のそれは、懇願だった。せめて命だけでも救いたかった。ロボットを認めてくれなくても許してくれなくてもいいから、人間に対してだけはまたあの笑顔を見せてほしいとアリシアは思った。それなのに……
「…冗談。誰があんたなんかに……私は、ロボットと結婚したあの
「…!?」
『ロボットと結婚したあの
その言葉に、アリシアはハッとなった。ロボットにも人間と同様の権利をと訴えて活動していた女性が何者かによって殺害されたという事件のことだと分かった。タラントゥリバヤ自身が、その実行犯だったのだ。
「もういいよ……あんたらロボットがいなくならないってんなら、私の方がいなくなればいい……最初からこうすればよかったんだ……だからママはそうしたんだってやっと分かったよ……
…あんたらロボットは、あの世までは来れないだろ……」
消え入りそうなその声は、出血性のショック症状が始まったことを示していた。もう意識が保てないのだ。そしてタラントゥリバヤは、最後の力を振り絞った。それは、手榴弾のピンを外す作業だった。その音に気付き、アリシアは叫んだ。
「やめてぇーっっ!!」
叫びながら階段を駆け上がろうとしたアリシアは、そのまま階段の途中に倒れて動かなくなった。非常停止信号の範囲に入ったのだ。その直後、ガーンという爆発音が、階段ホールを震わせたのだった。
全ては終わった。
乗客の犠牲者、二百二十一名。破壊されたロボット、百十二機。救援に駆け付けた戦術自衛軍の損害、重軽傷者合わせて十五名。二十二名のテロリストが死亡。六名が拘束された。クグリの消息だけはその後の捜索でも掴めなかったが、状況から考えて死亡したとみて間違いないと判断された。
「アリシア…」
監視カメラの映像を見た千堂がアリシアの下を訪れ、救急救命モードのコマンドを使って復帰させてくれた。それから二人で階段を上がり、タラントゥリバヤの死亡を確認した。あの美しかった彼女はもうどこにもいなかった。
「……」
こうして長い一日が終わった。予定を繰り上げ、急遽、都市<
だが、
「アリシア、ただいま」
検査入院から戻った千堂が声を掛けても、彼女は応えなかった。千堂は唇を噛み締め、拳を握り締め、体を震わせながら悔やんだ。己の無力さを心の底から呪った。自分の両親の命を奪ったらしいクグリのことすら、頭にはなかったのだった。
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