アリシア、クグリと対峙する

「私が、相手をします」


そう申し出た千堂アリシアに、肥土は千堂京一を見た。その視線に、千堂京一は黙って頷いた。彼女がそう言うのなら、異存はないという意味だった。


「よし分かった。だが俺も行く。民間のロボットだけに任せる訳にはいかないからな」


しかしその肥土に対して、アリシアは言った。


「いえ、肥土様は私が駄目だった時の場合の保険として残ってください。彼はロボットの弱点を熟知しています。人間を狙われれば私達はその前に飛び出さずにはいられないのです。それに、貴方は今、今回の作戦の責任を取らないといけない立場ですから」


彼女の言う通りだった。人間を守るのはロボットの習性とも言えるものだ。ロボットを狙う必要はない。人間を狙えばロボットは勝手にその射線に来てくれるのだ。また、肥土は、今回の作戦で部隊にこれだけの損害が出たことと、生身の人間を相手にCSK-305のチェーンガンを斉射するという判断について詳細を後々説明しなければならない。その肥土が死傷するようなことがあっては更に問題が大きくなる。


そう言われてしまっては、肥土に返す言葉もなかった。


「そうだな。君の言う通りだ。よし、それでは君に向かってもらうことにしよう。ただし、必ず奴を倒すこと。君に倒せなければ、恐らく誰も奴には勝てない」


「了解しました!」


肥土の指示に敬礼で応え、アリシアはピアスを外しそれを千堂京一に預け部屋を出た。その背中を彼は黙って見守った。言うべきことは既に伝えてある。


『人間を守ってほしい』


それだけだ。


千堂アリシアが肥土に対応の許可を申請したちょうどその頃、爆発から月城を守る為に破片の直撃を受け一時的に機能障害を起こしていたフローリアM9が回復し、再び客室の中のクグリの前に立った。千堂アリシアからコピーしたあの構えを取りつつ、対峙する。


だが、それでもクグリを倒すことは出来なかった。最初のうちこそ慣れない動きにてこずるクグリに対して優勢に攻めていたが、最後の一押しが詰め切れないでいるうちに、恐ろしく高いクグリの順応性の前に次第に押され始めたのだった。


クグリには分かってしまうのだ。ロボットであるが故に出来ない動きがあるということが。非常に精度が高く剛性が高く正確無比な動きが出来るからこそ、一度動き始めてしまうとその軌道は極めて正確でブレないことで、逆に動きが読めてしまうのである。ロボットの動きには、人間のようなブレが殆どないのだ。クグリはそれを読むことが出来るのである。


力を逆に利用され壁へと叩き付けられたフローリアM9に向けて、ハンドカノンの引き金が引かれ、フローリアM9からの信号が途絶える中、千堂アリシアは、残った数少ない要人警護仕様のアリシアシリーズであるアリシア2234-MMNとアリシア2121-GINの主人に、改めて協力を要請した。


「テロリストの制圧までもう一息なのです。私の力を必要としています。協力することをお許しください」


その言葉を言ったのは、千堂アリシアではなかった。アリシア2234-MMNとアリシア2121-GIN自らがそう言ったのだ。まっすぐに自分達を見詰めてそう言う彼女達に、それぞれの主人は「分かった」と頷いてくれた。


泣きそうな目で自分達の家族でもあるアリシアシリーズの背中を見送る子供達に、声を掛ける者がいた。アレキサンドロだった。


「大丈夫だ。君達のロボットは強い。必ず悪い奴をやっつけて帰ってきてくれる。信じて待つんだ」


「うん……!」


涙をいっぱいに溜めた目でアレキサンドロを見た子供達が、大きく頷いていた。


そんなそれぞれの家族に見送られ、爆発で開いた展望デッキの床の穴から、アリシア2234-MMNとアリシア2121-GINが第四デッキへと飛び降りる。廊下に出ると、クグリも廊下に出たところだった。そしてクグリを挟み反対側には、千堂アリシアの姿があった。


完全にリンクし、三機のアリシアシリーズは、それで一人の千堂アリシアとなっていた。残った標準仕様のアリシアシリーズとのリンクは敢えて切り、クグリとの戦闘のみに集中する。


アリシアは問うた。


「どうしてこんなことをするんです!? 何が目的なんですか!?」


無論それも、クグリを説得するとかそんなことの為に訊いた訳ではない。ただ知りたかっただけだ。人間を愛し、人間の幸せを願い、人間を守りたいとただ思う千堂アリシアという存在として、『何故?』と問いたかったのだ。


「くだらねえことを訊く。楽しいからに決まってんじゃねぇか。それ以外には何も無え」


クグリは心底呆れたという顔でそう応えた。そして、ニヤニヤと禍々しい笑みを浮かべたまま、静かに語り始めた。


「俺はスラムの生まれでな。六歳の頃から客を取ってた。十歳にもならねぇガキを玩具にするようなクズ共相手に金を稼いでた。俺が最初の殺しをしたのは八歳の時だ。金も払わねぇで俺の首を絞めながら犯した奴の首を逆に絞めてやってよ。骨ごとへし折ってやった。俺は生まれつき異常に筋肉が発達しててな。医者にはゴリラ以上だって言われたよ。実際、十一の時に密輸中のゴリラを素手で絞め殺してやったこともある」


楽しそうにそう語るクグリの話を、アリシアはただ黙って聞いていた。だが、その次の話を聞いた瞬間、アリシアの顔に明らかな動揺が走ったのだった。


「それから、十三の時だったな。宇宙船の中で自前で爆弾作ってよ。ちょいと試しに爆発させてやったら、俺以外全員、おっんじまった」


アリシアのカメラとマイクを通してその話を聞いていた千堂や肥土を始めとした、船長室にいた人間全員が凍り付く。まさか、あの事件の犯人が…!?


「まあ、俺はたまたまその後でモグリのジャンク屋に拾われてな。それからいろいろあって今はここにいるってこった」


クグリの話が本当かどうかは分からない。あの一件は実際には事故なのか事件なのかも結局は分からなかった。もし本当だとしても、それを裏付けられる証拠が何一つないのだ。そしてクグリが吼えた。


「さあて、ということでおっぱじめようかあ!?」


そう言うと同時にハンドカノンを、本来の千堂アリシアであるアリシア2234-LMN目掛けて放った。寸でのところでそれを躱し。一気に間合いを詰める。アリシア2234-MMNとアリシア2121-GINも同様に迫った。


だが、三位一体の千堂アリシアでようやく、クグリと互角であった。戦闘モードが起動中だから感情は殆ど表に出ない。にも拘らず、彼女は驚嘆していた。これが本当に生身の人間の力なのか? 他の二機が囮になり、残る一機が完全な死角から攻撃を仕掛けても、クグリには届かなかった。まるで体中に目があるかのような、いや、目があったとしてもそもそもこんな動きは出来ない。速度だけならアリシアが上回ってるだろう。それぞれの攻撃の破壊力だって桁が違う筈だ。なのに当たらないのだ。それどころか千堂アリシアによって完璧に連動している筈の攻撃を微妙に逸らされ、アリシア同士で互いの掌打を受け弾け飛ぶということすらあった。


『私はいったい、何を相手にしてるのですか……?』


感情が制限されている筈の千堂アリシアの中で、何かが膨れ上がっていた。それは、恐怖だった。得体の知れないものを相手にしているという恐怖が、彼女の心を締め上げていく。けれど、彼女はそれを打ち消した。


『私が負ければ人間達が殺される……』


それは耐えられなかった。だから彼女は、萎えてしまそうな自分を奮い立たせ、攻撃を続けた。


相手は人間だ。ロボットの自分と違って体力だって続かない筈だ。こうして攻撃し続けていればいつかは動けなくなる……なのに、その『いつか』は、いったいいつ来るというのだ? 


『もう優に三分以上全力で動き続けてる筈なのに、彼の動きは全く衰える気配すら見えない……この人は本当に人間なのですか……?』


改めてそう感じた瞬間、爆発音と共にアリシア2121-GINの体が弾け飛んだ。ハンドカノンだった。ハンドカノンが彼女の左肩に命中し、左腕が脱落、床に叩き付けられ、更に爆発で壁に空いた穴から外へと転落する。


しかし、下のデッキに着地した後すぐに跳び上がり第四デッキへと戻った。だがその時には、今度はアリシア2234-MMNがハンドカノンで右足を破壊されていたのであった。


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