タラントゥリバヤ、本心を吐露する

CSK-305によって船上に引き上げられたフィーナQ3ではあったが、漂流物と衝突した際に防水の一部が破れて内部に浸水、いくつものエラーが発生しほぼ動けない状態になっていた。


その頃、船内では肥土の部下達とメイトギアの混成部隊によるテロリスト掃討も行われていた。要人警護仕様のメイトギアを盾にして接近、非常停止信号を受けて停止するとその都度救急救命モードで強制的に復帰させつつテロリストを制圧していく。


それにより第二と第三デッキの両通路、及び第四デッキの右通路の制圧に成功。残るは第四デッキの左通路のみだ。これまでにテロリスト十四名が死亡。二名を拘束した。しかし、そこまででタラントゥリバヤの姿はなかった。クグリも発見されていない。恐らくどこか客室に潜んでいると思われた。迂闊に近付くと危険な為、メイトギアを捜索に当たらせた。


『ごめんね~』


内心、そういう風に思いながらメイトギアに捜索に当たらせていたのは、第二デッキ右通路にいた岩丸英資いわまるえいし三等陸曹だった。根っからのメイトギア好きの彼にしてみればそういう危険な任務に当たらせることは慙愧に堪えないことではあったが、さすがに任務と自分の趣味との区別は付けられる人間ではあった。


フィーナQ2とフィーナQ3の要人警護仕様がそれぞれ客室をチェックしていく。岩丸を含む隊員三人は、警戒しながらその後をついて行った。バリケードを築いていたメイトギア達は、岩丸達の後方を警戒する為に部隊に組み込まれた三機を残し、他に乗客が残されていないか生存者がいないかを確認する為に各部屋を回った。


だがある部屋をフィーナQ3が確認した時、そのカメラを通して見たものに、岩丸の表情が明らかに曇った。そこに映っていたのは、破壊されたアリシア2234-HHCが客室の床に横たわっている光景だった。愛らしい顔に何発も銃弾が撃ち込まれたのだろう。作り物と分かっていても目を背けたくなる惨状だった。しかも、その奥で倒れている乗客の姿はきれいなものだ。にも拘らず、メイトギアに対しては顔を執拗に銃で撃っていると思しき様子に、偏執的な執着が窺える。


その時、別の部屋を開けたフィーナQ2が突然倒れた。それだけではない。同時にフィーナQ3からのカメラ映像も途切れてしまう。岩丸達の後ろを警戒していたメイトギア達には異常がなかった。


「緊急停止信号!? 救急救命モードで起動!」


客室の扉の陰に身を隠し銃を構えつつ、岩丸が叫んだ。するとフィーナQ3の方は再度動き出し部屋から出てきたが、フィーナQ2の方は倒れたまま動かない。例の端子を打ち込まれて破壊されてしまったと思われた。さらに、フィーナQ2が開けた扉の陰から何かが飛来。扉の陰に隠れていた岩丸の前に転がってくる。


それが手榴弾であることを岩丸達は反射的に察し部屋の中へと伏せた。瞬間、ガーン!と叩き付けるような爆発音と衝撃が岩丸の体を襲う。その手榴弾は細かな金属片を撒き散らすタイプの手榴弾だった。その為、ある程度の負傷も覚悟した。だが、衝撃が去った後、自分の体に痛みがないかどうかを確かめようとした岩丸は、爆発音の所為で耳は若干聞こえにくくなっているものの痛みはどこにもないことに気付いた。運良く破片が当たらなかったようだと思いつつドアの方に振り返った時、そこにアリシアシリーズが倒れているのを見る。


岩丸は悟った。自分達の背後を警戒してくれていたメイトギア達が、自分達を庇う為に咄嗟に盾になってくれたのだと。すぐにアリシアシリーズのところに駆け寄ったが、それは標準仕様だった為に破片によって完全に破壊されてしまっていた。


「ごめん!」


思わずそう口走ってしまった岩丸の目には、さらに他のメイトギア達も破片によって破壊され倒れている光景が飛び込んできた。要人警護仕様で手榴弾程度ではびくともしない筈のフィーナQ3も床に倒れている。再度戦闘モードに入る前に恐らく例の端子を打ち込まれたのだろう。「クソッ!」っと呻きつつ岩丸が報告。


「こちらアルト6、目標に遭遇! 突破されました!!」


アルト6とは岩丸のコードである。報告を受けた肥土が応じる。


「こちらアルト1、了解。損害報告」


アルト1=肥土の問い掛けに岩丸達が応える。


「こちらアルト6、問題ありません」


「アルト4、同じく問題ありません」


「アルト5、問題ありません」


岩丸達の無事を確認した肥土が千堂アリシアを見る。その意図を察したアリシアが応えた。


「カメラには通路の奥へと移動する人影が捉えられました。階段ではなく左通路の方に向かっています。人数は一人。映像は鮮明ではありませんが、推測される骨格からタラントゥリバヤさんだと思われます」


それを聞いた肥土が次の指示を出す。


「アルト1からアルト2へ、アルト6が突破された。目標はそちらへ向かった可能性がある。警戒を厳にせよ」


その肥土に対し、部隊の副長でもあるアルト2=新藤しんどうマキシ陸曹長が応答する。


「こちらアルト2、了解」


そう応えた新藤の前には、要人警護仕様のフィーナQ3とフローリアM9がいた。アレキサンドロのフローリアM9であった。要人警護仕様はその二機だけだった為に、廊下の奥からこちらに来るかもしれないタラントゥリバヤと思しき相手を牽制する役としてフローリアM9を前に出し、捜索には背後を警戒していた標準仕様のアリシア2234-HHCを新たに加えた。


その時、捜索をアリシア2234-HHCに任せて前へと出たフローリアM9のセンサーに、人間の心音が捉えられた。廊下の奥、死角になっている辺りに人間がいる。人数は一人。タラントゥリバヤと思われた。それに気付いた時、千堂アリシアは思わず声を上げていた。


「タラントゥリバヤさん! タラントゥリバヤさんですよね!? 私です! 千堂アリシアです!」


実際に声を発したのは彼女とリンクしていたアリシア2234-HHCだったが、姿が同じな為、千堂アリシア自身が話しているようにも見えた。突然のアリシアの行動に、新藤達に緊張が走る。


「アルト2からアルト1へ、これも作戦ですか?」


新藤の問い掛けに、他のメイトギアのカメラとマイクを通して状況を把握した肥土が、千堂アリシアを見た。自分を見た肥土に対し、彼女は真っすぐに視線を返した。


「少し私に時間をください」


そう言った千堂アリシアに、肥土は「分かった。一分だけ任そう」と応じた。それを聞き彼女はすぐさま語り掛けた。


「タラントゥリバヤさん! どうしてこんなことをするんです!?」


もちろんそんなことをしてタラントゥリバヤが思い直してくれたりするとか考えた訳ではない。ただ彼女自身が知りたかったのだ。自分に笑顔を向けてくれたタラントゥリバヤが何故このような真似をしたのか、その理由を。しかし当然のように、廊下の死角に潜んだまま返ってきた言葉は、千堂アリシアを打ちのめすものでしかなかった。


「何故!? そんなの分かってるじゃない! あんたらロボットが憎いからだよ!! 私から何もかも奪ったあんたらロボットがね!!」


分かっていた。先日、タラントゥリバヤが語った昔話は、嘘ではなく真実だったのだ。千堂アリシアとしては嘘だと思いたかった。だが彼女のロボットとしての機能は、タラントゥリバヤの言葉が嘘では無かったことを示していたのだ。


そしてタラントゥリバヤの昔話には、続きがあった。母親が冷たくなって梁からぶら下がる光景を目の当たりにしたタラントゥリバヤは錯乱し、父親を包丁で刺してしまったのである。幸い命は助かったものの、父親はもう二度と娘の前に姿を現すことはなかった。


それは、社会的に見れば些細な事件でしかなかった。限られた地域にのみ配信されたネット上の小さなニュースにしかならなかった。しかし、リンクしたアリシアシリーズの一機のメモリーにたまたま残っていたその記事を、千堂アリシアは見付けてしまったのだった。


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