アリシア、爆弾を捜索する

爆弾の捜索には、アリシアシリーズを中心に対応した。繊細でち密な判断が必要になるかも知れないと考えたからだ。ただ残念ながらどれも標準仕様のメイトギアであった為、もし武装したテロリストと遭遇したら恐らく勝ち目はない。だが今は、いるもので何とかするしかなかった。


しかしその甲斐あってか、船内に仕掛けられていた爆発物を次々と発見。どれもタイマー式ではなくリモコンによる遠隔操作式だった上にトラップでもない単純なものだった為、その場で雷管を抜き無力化することが出来た。


だが、船のほぼ中央部分にあったものを見た時、アリシアシリーズのカメラを通してそれを見た肥土らが息を呑んだ。


「何だこの量は…」


肥土が思わずそう声を漏らしたのも無理はない。そのサイズから推測するに、少なく見積もってもC-7爆薬二百キロ相当の量であった。それは、直径一キロ、高さ百メートル程度の丘なら完全に吹き飛ばすことが出来るほどの量だ。もしこれが爆発すれば、船体が真っ二つに折れるどころではなく、この船そのものが木端微塵に消え失せてしまう。


これほどの爆薬をどうやって仕掛けたのかということも疑問だが、仕掛けた本人も乗り込んでいるというのに、明らかに正気の沙汰じゃない。爆破脱出マジックじゃあるまいし、こんなものが爆発したら自分も消し飛んでしまう筈だ。クグリは決して狂信者でも殉教希望者でもない。自爆テロ犯ではないのだ。ただ、これまでの奴の行動から推測されるその人物像としては、自分の命さえ徹底的に軽んじている、極度のサイコパスだとは思われていた。


それにしても無茶苦茶である。とは言え、どれほど大量であってもC-7爆薬は非常に安定性も安全性も高い爆薬で、雷管さえ外してしまえば例え火に放り込んでもただ燃えるだけの粘土のようなものだ。カメラなどで監視して外そうとすればリモコンで爆破ということも想定された為に徹底的に周囲を捜索し、カメラなどのセンサー類が設置されていないことを確かめた上で雷管を抜いて無力化することに成功した。ただ、確実に爆発させる為か、それとも雷管を抜き安全になったと錯覚させる為か、複数の雷管が仕掛けられていた。それら全てを外し、完全に無力化出来たことを確認する。


それを知った船長室には安堵の空気が流れたが、しかし肥土の様子は依然厳しいものだった。


『おかしい…簡単すぎる』


そう、あまりにも上手く無力化出来たことがかえって不気味に感じられていたのだ。そしてそれは、千堂アリシアも同じだった。


「肥土様、他にも爆薬が仕掛けられている可能性はないでしょうか?」


彼女の言葉に肥土が頷いた。


「可能性は高い。他に仕掛けられているものがないと完全に確認出来ない限り、安心は出来ない」


肥土の言葉に、千堂アリシアは次の行動に移った。それぞれの主人の命令によりデッキ上に待機していたアリシアシリーズのセンサー感度を最高まで上げ、船体に響くあらゆる音を拾った。それを集め、そこから得られた情報を立体的に再構成する。音によって船体の形状や状態を詳細に探知しているのだ。


それは船体外部を流れていく水の音まで含まれていた。水が流れる音の微妙な変化などで船体底部の形状まで探知しようとしたのである。それによって、船体の底部にいくつかの亀裂が確認出来た。三度の爆破によって出来たものだろう。


亀裂もそれぞれはさほど大きなものではなく、浸水の量も知れている為に今すぐ沈没の危険性がある訳でないのは改めて確認出来た。だがそれ以外に、アリシアは気になる音を拾っていた。船体の底を流れる水流に、亀裂によるものとは明らかに違う乱れがあるのだ。それは、船の設計図にはない膨らみだった。いや、船体の底に何かが張り付いているのかもしれない。そしてその大きさは、先程発見されたC-7爆薬二百キロ分を優に覆いつくすことが出来るものだった。


「肥土様、船体底部に不審な膨らみがあります。明らかに設計図になく、しかも設計上意味の無い膨らみです。大きさとしては、先程発見したC-7爆薬二百キロを充分に収納することが出来るものです」


アリシアのその言葉に、肥土がぎりっと奥歯を鳴らした。


「やはり…か。保険はしっかりかけているということだな…」


しかし、船底に仕掛けられているということは、それを確認するにも外すにも誰かが潜るしかない。そこでアリシアは意見具申を申し出た。肥土の許可を得、発言する。


「私が潜り、解除することを提案します」


だがその提案は、即座に肥土によって却下された。


「駄目だ。今の君はこの船のロボットの司令塔だ。君に万が一のことがあっては今後の作戦に支障が出る可能性がある」


そして船長に向き直り、


「この船に備え付けられているロボットを向かわせる許可をいただけますか?」


と申し出た。船長はすぐに「許可しよう」と応じた。残ったフィーナQ3とルシアンF5一機ずつを船首に移動させて、CSK-305の牽引用ワイヤーに繋ぎ、海中へと投入。爆破の影響により速力は落ちているとはいえ、水の流れは激しい。さすがに要人警護仕様のメイトギアと言えど作業は容易ではなかった。


肥土は爆発物の撤去と並行して、次の作戦に移った。隊員達を突入させ、制圧に当たるのだ。ただし、万が一クグリを発見した場合は無理をせず、牽制するだけに留めるよう指示をした。下手に追い詰めて爆破されては全てが水の泡だからだ。


なお、今回の襲撃者のうち、クグリを除けば唯一身元が判明しているタラントゥリバヤ=マナロフについて、肥土は可能であれば生きたまま確保して、情報を引き出したいと考えた。それは、千堂アリシアにとっても好ましいことだった。彼女がどうしてこのようなことをしているのかを知りたいと考えていた。


その時、船底で爆発物の除去作業をしているフィーナQ3とルシアンF5が、目的の膨らみの部分に辿り着いたことが確認出来た。フィーナQ3とルシアンF5双方のカメラ映像により、肥土もそれを確認する。


「フジツボ等の付着物がなく、汚れも少ない。間違いなく最近になって付けられたものだ。爆発物と見て間違いないだろう。映像等、信号は発信されているか?」


肥土の問い掛けにアリシアが、


「信号等の発信はありません。有線でのセンサーの痕跡もありません」


と告げる。


「よし、除去作業開始。慎重にな。何か異常があれば細大漏らさず報告」


フィーナQ3が、肥土の部下から渡されたナイフで、船底に張り付いたそれをひっかいてみた。材質や強度を調べる為だ。それにより、硬質ゴムであることが判明し、船の一部ではないことが改めて確認された。そして、流れから見て横に当たる部分をナイフで切り裂き、中を確認する。


あった。やはりC-7爆薬だ。こちらも二百キロはある。


解体によって無力化することも考えたが、いくらロボットと言えど激しい水の流れの中で複数仕掛けられているかもしれない雷管全てを除去するとなれば、作業が一層困難になる可能性がある為、ここは無理をせずそれ自体を海中に投棄することにした。船体に貼り付いている部分をナイフを使って剥がしていく。


しかしその時、ルシアンF5に何かが激しく衝突、ワイヤーが切れて流されてしまった。


「攻撃!?」


一瞬、緊張が走るが、それを見ていたフィーナQ3のカメラ映像の解析で漂流物が偶然ぶつかってしまったことが判明した。さらに別の漂流物がフィーナQ3にも衝突。こちらはナイフを落としてしまう。そこで仕方なく、この激しい水の流れの中では制御が難しい為に船体に傷を付けてしまう可能性はあったが、フィーナQ3に装備された超振動ワイヤーを使って剥がすことにした。


超振動ワイヤーは先端部分は振動していない為、そこを膨らみの一部に固定。そこからワイヤーを伸ばして振動をONにした。すると熱したナイフでバターを切るように、殆ど抵抗なく貼り付いていた部分が切り離されて、真っ暗な水中へと消えていったのだった。


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