6日目・午前(殲滅戦の恐怖)

私一人を始末する為に、町ごと消し去るつもりか!?


…いや、さすがにそれは考えにくい。だが、新良賀あらが今回動いてる軍の思惑が一致したことで、実行された可能性はあるか。新良賀は私を消したい。軍はゲリラを一網打尽にしたい。そんなところか。


その時、私達が向かっている方向から、アヴェンジャーの射撃音が響いてきた。見れば、町の出入り口と思われるところの先で、爆炎と煙が確認できる。


「町から出る車両全てを攻撃対象にしているものと思われます」


クソッ! やっぱり誰一人逃がさず皆殺しにするつもりだな!? 


今はまだたまたま出て行った車両が狙われただけかも知れない。周囲を見ても爆発音などを気にしてる様子はあるが、まだ特に町から逃げ出そうとしている様子は見えない。彼らにとって爆発音や銃声は、それほど珍しいものではないからだろう。だが、いよいよ戦闘が本格的になれば、町から逃げようとする人間がどっと流れ出る可能性がある。だが連中は、そのすべてを攻撃するに違いない。


どうする…? どうすればいい…!?


「…アリシア! あれを撃墜できるか!?」


私はアリシアに問い掛けていた。


「マクファーソン社製、GRH-05FT<フライングタートル>。イカロスシステムによりローターを用いず浮遊飛行する完全自律型ロボット装甲ヘリです。現在の装備では致命的なダメージには至らないと思われます」


く…やはりか。分かってはいたが、アリシアの返事は非情なものであった。しかし、


「ですが、攻撃を組み合わせることで、機能障害を起こさせることは不可能ではないと思われます」


とも応えた。私はそれを信じるしかなかった。


「よし、任せる! 指示を頼む!」


戦闘に関してはアリシアの方が私より遥かに詳しい。指揮を任せた方が確実だ。私は今から、兵士として参加する。


「それでは、このままの速度で前進してください」


正直言って恐ろしかった。今この瞬間にアヴェンジャーをこちらに向けられて撃たれたら、私もアリシアも一瞬で影も形も残さず消え去るだろう。なのに、アリシアに従っていれば大丈夫だという、不可思議な安心感もある。


フライングタートルは、逃げ惑う車両を次々と消し去っていった。そう、破壊と言うよりはまさに『消し去る』という表現がぴったりだと思われた。30㎜砲弾数百発の直撃を受ければ、自動車などそれこそシュレッダーにかけられたように粉々になる。人間に至ってはミンチどころでは済まない。血煙となってまさしく消滅するのだ。


なおも車両を走らせると、私達に気付いたのであろうフライングタートルが、こちらに機首を向ける。だがその瞬間、何か小さなものが飛んでいくのが見えた。そしてその直後、アリシアのチェーンガンの発射音と共に、フライングタートルの機首部分で爆発が起こった。爆炎で姿が見えなくなったが、チェーンガンの射撃音は止まない。フルオートで撃っているのだ。


煙が晴れた時、フライングタートルはゆっくりと降下を始めた。撃ってこない。そしてアリシアも射撃を止めていた。


「9.6㎜チェーンガン、残弾ゼロ。パージします」


そう言ってアリシアは、左腕に装備されたチェーンガンと弾倉を荷台に落とす。


「千堂様。あの機体とのリンクを試みます。このまま接近を」


なに!? リンクする!?


ああ、だが、確かにマクファーソン社は我が社と提携関係にあり、フライングタートルの制御システムの大半は我が社が供給したものだ。入力されている情報をいくつか操作できれば、理論上は不可能なことじゃない。しかし、そんなことが本当に出来るのだろうか? とは言え今はアリシアのアイデアを試すしかない。


限りなく黒に近いグレー一色に塗装され、識別マークも何もないフライングタートルの機体は、砂交じりの土の上に軟着陸した。見れば、センサーが集中している部分に一部破損が見られる。どうやらアリシアが手榴弾で目隠しを行いつつその爆発の威力とチェーンガンの残弾全てを使った一点集中の攻撃により、破損したものと思われた。


センサーにダメージを受けたフライングタートルは、味方との同士撃ちを避けるべく機能を停止させたのだ。が、私はそこであることに気が付いた。軍用機であるこいつは、機能が失われた場合、機密保持の為に自爆することもあるんじゃないのか? 近付いて大丈夫なのか?


私の不安をよそにアリシアは、躊躇うことなくフライングタートルに近付き、破損したセンサー部にナイフを突き立てた。残ったセンサーも破壊する為だと思われる。そしてサブマシンガンをそこに向けて、フルオートで撃つ。もちろん本来ならサブマシンガン程度では表面に傷を付ける程度が関の山なのだが、破損した部分から装甲を削ることが目的のようだ。左手で射撃しているところを覆い、跳弾が周囲に飛び散らないようにしている。


弾が尽きたそれを放り、次のサブマシンガンで同じことをする。その弾も尽きたところで今度はナイフを差し込んで、抉り始めた。パキンと音を立てナイフが折れたと同時に、装甲の一部が開いた。どうやら装甲そのものではなく、メンテナンス用のハッチのロック部分を破壊してたらしい。


内部へのダメージを避ける為に二重になった内側のハッチも開け、そこから現れたコンソールに、アリシアが何か入力を始めた。だが私はここで違和感を覚えた。確かに彼女は戦闘モードも持つタイプだが、こんな機能まで与えられていたか? するとその私の疑問を察したかのように、彼女が声を発した。


「先ほど、獅子倉様から頂いたデータの中に、クラッキング用のスキルがありました。本来は、ULTRA-MANエム・エー・エヌのシステムに異常が発生した場合に私が直接制御する為にいただいたものですが、やはり汎用性がありました。この機体のメインフレーム内にJAPAN-2ジャパンセカンドのコードが生きています。これでこの機体は私とリンクできます」


その言葉に、私は茫然としていた。そこまでの臨機応変さは、本来の彼女には無い筈だ。自爆する危険性もある軍用の機体に、保護対象である私も伴って近付いたりと、明らかに彼女の思考は合理性を大きく欠いている。もう完全に人間のそれと変わらないように私には思えた。


「リンク開始します。リンクはアリシア2234-LMNを優位としてFIX…リンク完了しました」


そう言って私に振り向いたアリシアの姿はまるで、歴戦の兵士のようだった。私は完全に言葉もなかった。


「千堂様。これからどういたしましょうか? 今なら私達だけでも逃げることは可能だと思いますが」


アリシアの問い掛けは、私を試しているかのように思えた。本来の彼女ならそのようなことを問うこともなく私達だけで逃げること一択の筈なのだ。それがそんな問い方をする。だから私は訊いた。


「フライングタートルの数と配置は?」


するとアリシアは笑った。表情を変えることができない口元だけじゃなく、その目も確かに微笑んでいた。


「この機体を含めて六機です。東西南北を一機ずつで町から出ようとする者を抑え、残る二機で町の内部の掃討を行うのが作戦内容です」


そうか…ここまで来たならさすがに見捨てて逃げるっていうのも癪だな。せっかく対抗手段が手に入ったんだ。やれるだけやろうじゃないか。


「よし、少なくとも街の住人が避難出来る時間ぐらいは稼ごう。だが、最優先課題はあくまで私達の生存だ。ULTRA-MANエム・エー・エヌが到着した時点で作戦は終了。撤退する。命令厳守。いいな?」


私の言葉に、彼女は再び微笑んだ。


「承知しました。千堂様」


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