6日目・午前(反撃)
アリシアに微笑みかけられた私は、突然、自分の顔が熱を持つのを感じたのだった。そんな自分に気付き戸惑う。まさか十代の少年じゃあるまいし、ロボットに微笑みかけられただけでこれはおかしいだろう。いや、今時、十代の少年の方がロボットに対して冷静かも知れない。
そうだ。これはきっと、吊り橋効果とか言われるものに違いない。戦闘によって緊張状態にある自分自身の身体的反応を、私の脳は別の形に誤認しているのだ。そう自分に言い聞かせ、気を逸らすように彼女に問い掛けた。
「フライングタートルの装備とペイロードは?」
何気なく思い付いたことを確認する為の質問でもあった。
「アヴェンジャー一門のみです。ペイロードの全てを用いて弾倉としています。装弾数三万五千発。機体内の余剰スペースは給弾用のシステムが専有し、人が搭乗するスペースは無いと思われます」
私の意図を察したかのように彼女は答える。装甲ヘリであるフライングタートルに二人で搭乗した方が安全かも知れないと思ったのだが、私の目論見は破られた。しかも彼女は続ける。
「フライングタートルの装甲でも、アヴェンジャーの直撃には耐えられません。的としても非常に大きいですし、せっかくリンク出来ているのですから、こちらを囮とする方が安全だと思われます」
なるほど。私の発想は素人の浅墓さだったか。それを思い知らされて、つい苦笑いを浮かべていた。しかしそれにしても、ペイロードの全てを用いて、余剰スペース全てを潰して、30㎜を三万五千発だと? 正気の沙汰とは思えない。いや、そもそも民間人も含めて町一つを消し去ろうという発想がまず異常なのだが。
だからその異常なことを、可能であるなら止めさせたいと思う。それが善でも偽善でも関係ない。私はそうしたいと思ったのだ。それができる可能性を手に入れたのだから。
それに相手が完全自律型のロボットなら、遠慮もいらないだろう。やってやろうじゃないか。
そして私と、フライングタートルを従えたアリシアは、町の外側を通り、南側の出入り口を目指した。そこで待ち構えるフライングタートルを撃破する為に。
「私がリンクしている機体は、そのまま彼らのフレンドリー信号を発信しています。システムだけが私の制御下にある状態です」
アリシアが状況を説明する。そしてそれはそのまま作戦の説明でもあった。
「ですから、敵機は彼でなく私達を攻撃しようとするでしょう。その隙をついて攻撃します」
なるほどそれが一番確実か。しかしそれはつまり、まずは私達自身を囮にするという意味でもあるな。フレンドリー信号を発しているのならやはり機体に乗った方が安全なような気もするが、乗れない以上は言っても仕方ないのも分かる。
しかし、彼女にとってフライングタートルはやはり<彼>という認識になるのだと何となく理解して少し可笑しさを感じた。
さほど大きくない町だからか、町の中でゲリラを攻撃しているのであろう銃声や爆発音は結構はっきりと聞こえてくる。それから離れようとしていた先程とは違って、距離が近くなったというのもあるのだろうが。しかも前方にも、黒い機体が宙に浮かんでいるのが見える。こちらはさほど出てくる車両が少ないのか、炎上し煙を上げている様子も少ない気がした。
「こちらに気付きました。射線に入ります。ファイア!」
アリシアがそう言った瞬間、私達の上を飛んでいたフライングタートルがアヴェンジャーを斉射した。直上ではなく距離も数十メートル離れているが、その射撃音は私の体まで痺れさせるほどのものだった。まるで強力な振動マッサージ器が押し当てられているような感じさえある。そして、前方の機体の機首付近。センサーが集中している辺りが煙で覆われるのが見えた。撃ってこない。どうやら作戦は成功したようだな
「敵フライングタートルの機能停止を確認。センサー及びメインフレームを損傷。戦闘不能。制圧成功です」
だが続けて、ありがたくない情報ももたらされる。
「今回の戦闘により、僚機が私の支配下にあることを敵部隊が認識しました。これにより戦術を変更してくる可能性があります」
今の戦闘は、言わば騙し討ちな訳だから、こんなに上手くいったのだ。それを見破られれば、味方の少ないこちらが不利になるのは間違いない。だが、こちらの目的はあくまでULTRA-
しかし、ULTRA-
フライングタートルを伴い車両を走らせて、今度は町の東側に向かう。だが私はその時、視界の隅に恐ろしいものを見付けてしまったのだった。それをアリシアが補足する。
「町を攻撃していた機体が一機、移動を始めました。こちらが東側の機体を狙っていることに気付き、対応してきたものと思われます」
くそっ! やはりか! いや、むしろこれは当然のことだ。先程まではやれることはやろうと思っていた私も、具体的な危険を実感させられればそれどころでないことを改めて思い知らされた。やはりこれ以上は無理せず、逃走してULTRA-
「アリシア! もうここまでだ! これ以上は危険すぎる! 撤退だ!」
私はそう命じた。そしてそれに応じる彼女の言葉を待った。なのに私の耳に届いてきたのは、信じられない言葉だった。
「分かりました。それでは千堂様はこの戦闘域から離脱してください。私はこのまま戦闘を続行し、人命救助に寄与したいと思います」
!? 何だ? 何を言っている? 私はそんなことは言ってないぞ。
「アリシア、これは命令だ。撤退するんだ。アリシア!」
車両を停止させ、私は改めて彼女に命じた。私の命令に従えないとか、有り得ないと思った。にも拘らず、彼女は静かに首を横に振った。
「千堂様。私達が立ち寄ったことでこの町は戦闘に巻き込まれてしまいました。これは私の判断ミスです。ですから私には、この町の人間の皆様を助ける義務があるのです」
馬鹿な…? ロボットのお前にそんな義務も責任もある筈がないだろう。責任があるとしたら私の方だ。だが、私達が多少反攻したところで、二対一、あるいは四対一の戦力差を埋める方法はない。たとえ一機は相打ちに持ち込めたとしても、残ったフライングタートルにお前は消滅させられるだろう。それは全くの無駄というものだ。今のお前は貴重なデータを保有した稀有な存在なんだ。それを会社に持ち帰り、今後に活かすのが役員たる私の役目だ。
「町の西と南は解放した。それで十分な筈だ。この町の住人にとって、戦闘は日常の一部でしかない。私よりずっとこういう時に取るべき行動に精通している筈なんだ。これ以上は必要ない。私と一緒に帰るんだアリシア!」
そう言った私に、彼女は悲しそうに微笑んだ。口元はそれまでと何も変わらなかったが、目は明らかに悲しさを表す表情をしていた。
「私を気遣っていただいて、本当に感謝しています。ですが、今の私は、その命令に従うことが出来ません。その命令に従おうと思うと、私のメインフレームに、とても大きな、そして未知の負荷がかかるのです。私はそれを無視することが出来ません」
さらに彼女は続ける。
「今の私が正常でないことは、私にも分かります。正常でない為に私は、千堂様を危険に晒してしまいました。このことも、私のメインフレームに多大な負荷をかけています。ですから、私からもお願いいたします。千堂様は戦闘域から離脱してください。ULTRA-
…違う…違う! そういうことを言ってるんじゃない……
「そういうことを言ってるんじゃないアリシア! お前はロボットなんだ! 私の命令に従え!!」
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