6日目・午前(包囲)
「しかし、何したら五百万M$も賞金かけられんだ?」
ニヤニヤ笑いながらクラヒが訊いてくる。その横では彼のレイバーギアが私を見ていた。と言っても、クロッキー人形の頭部のように何のデザインもされてないそこに人間の目を思わせるカメラアイと口を思わせる発声用のスピーカーが配された、味も素っ気もないそれは、どこを見てるのかもよく分からないのだが。
だが、そんなことはどうでもいい。クラヒは完全に私を出し抜いたのだ。大した奴だよ。でも、詰めが甘い。私はアリシアにしか聞こえない小さな声で、命じた。
「救急救命モード。回復後、戦闘モードで待機。指示を待て」
救急救命モードとは、誤って非常停止信号で機能停止したメイトギアやレイバーギアをすぐに機能回復させる為のコマンドである。人命に関わる状態の際に通常の回復の手順を踏んでいては間に合わない場合があるからだ。救急救命モードそのものは、レイバーギアやメイトギアに救急救命行為をさせる為のものとして一般にも知られた機能だが、こういう使い方も出来るのだった。もっとも、私もついさっき思い出したところなのだが。
既にアリシアの機能が回復していることも知らず、クラヒは外へのドアに手を掛けて、開いた。だが私の目には、整列した車両の重機関銃が狙いを定めるのが見えた。
「迎撃!」
私が体を伏せながらそう命じた瞬間、アリシアは何故かクラヒの体を掴んで引き倒し、それからチェーンガンで重機関銃を狙撃した。しかし、その間にも残った重機関銃が火を噴き、アリシアと事務所を包んだ。まるで竜巻にでも飲み込まれたように、バラックに毛が生えた程度のクラヒの事務所が一瞬で滅茶苦茶になる。壁も窓も、中にあった机もロッカーも無線充電コンテナもクラヒの相棒のレイバーギアも、何もかもがバラバラに弾け飛ぶ。私は身を伏せて頭を抱え、それが止むのを成す術なく待つしかなかった。
時間にすればほんの数秒だっただろうが、私にとっては数分にも思える時間だった。気付けば、威力の低い銃弾が飛び交ってはいるものの明らかにそれまでとは違う雰囲気になっていた。しかしそれもやがて止み、再び静けさが戻る。
「制圧、完了しました。脅威は確認できません」
アリシアの声に、私はようやく体を起こすことができた。見ると、アリシアの顔や四肢には、改めて出来た変色があった。重機関銃の銃弾を浴びた痕だった。そんな私の耳に、ギギギギと金属がきしむ音が届く、ハッと思って音のする方を見上げると、支えの壁の殆どを失った屋根が、ゆっくりとこちらに向かって落ちてくるのが見えた。だが人間の体は、よほど訓練でも受けてない限りこういう時には思うように動かないものだというのを改めて私は思い知らされた。落ちてくるのが見えているのに、逃げられない。
が、そんな私の体が突然浮かび上がり、建物の外へと着地した。アリシアが私の体を抱え、助け出してくれたのだ。しかも見ると、彼女は左脇にクラヒまで抱えている。私は思い出していた。確かに武装集団の発砲が始まる直前、彼女はクラヒの体を引き倒し伏せさせていた。私はその前に伏せていたから安全だと判断したのだとしても、私は彼を助ける命令など出していない。彼女が勝手にクラヒを助けたのである。
これも、彼女のバグゆえの行動なのか…?
だが私のその疑問は、解決を得る時間を与えてはもらえなかった。アリシアが言ったのだ。
「千堂様。新たな脅威が接近中です。ランドギア三機、および武装車両七台と思われます」
くそっ! とうとうランドギアまで用意してきたか!
緊張する私に、アリシアは更に恐ろしいことを言いだした。
「千堂様。軍用無線の電波を受信しました。暗号通信の為、内容までは確認できませんが、作戦行動中と思われます。東北東45㎞をこちらに向かって直進中と推測されます」
作戦行動中? 確かに、もし私を捜索している部隊などであれば、一般回線で通信している筈だ、暗号通信を使っているということは、紛れもなく軍事作戦だろう。しかもこちらに向かっている? 嫌な予感しかしなかった。更にアリシアが言う。
「チェーンガンの残弾数九八二発です。補充が必要と思われます」
補充? こんなところでランドギア用の9.6㎜が手に入る筈がない。何か代わりの武器を手に入れる必要がある。しかも早急に。クラヒに心当たりがないか訊こうと思ったが、彼は完全にショックを受けてしまって到底話ができる状態ではないと思えた。仕方なく私とアリシアは、全滅した武装集団の装備で使えそうなものを集めることにした。
車載用の重機関銃、二丁。サブマシンガン、四丁。ハンドガン、三丁。携帯用ロケット砲、三個。私がバッグに入れて持ってきたものと合わせ、手榴弾十二個。ナイフ、二本。そして、ゲリラの遺体から外したベルト、二本。
重機関銃はまだ辛うじて動きそうだった車両に積み換え、サブマシンガンとハンドガンを一丁ずつ私が持ち、ベルトは私とアリシアがそれぞれ着けて、アリシアのベルトにはハンドガン二丁とナイフ二本を差した上で手榴弾十二個を強引に吊るした。更に肩掛け用のベルトが付いたサブマシンガン三丁を首に掛け、携帯用ロケット砲を車両の荷台に放り込む。
さすがに騒ぎが大きくなったからか野次馬が集まってきている。警察が来てないのは幸いだったが、野次馬の中に私の賞金のことを知ってる者がいるかも知れない。不本意だがゲリラの遺体から剥いだ頭巾を顔に巻き、見えないようにする。
「千堂様。ランドギアがカルクラに侵入しました。こちらに向かっている模様です。また、軍用機と思しき高速移動物体もなおも接近中」
アリシアが、車両の荷台に仁王立ちになり、言った。
その、持てる武器全てを装備した姿は、さしずめ<フルアームド・アリシア>とでも言うべきものだった。だが、それは同時に、本来の彼女とはあまりにもかけ離れた、殺伐とした姿とも言えた。しかも、その恰好にあまりにも不釣り合いにも拘わらず変えることができない微笑みが、異様さに拍車をかけている気がする。
その姿を見た私は、何とも形容しがたい気分になっていた。さっさとこんな所から逃げ去って、
車両のスイッチをオンにし、発進。アリシアは、揺れる車上でも全く危うげなく立ち、重機関銃を構えていた。
「千堂様。まずは西に向かいましょう。そちらが手薄と思われます」
「了解!」
アリシアの指示通り、西に向かって車両を走らせる。いくら私の味方がいないとはいえ、街中で戦闘する訳にもいかない。こうやって車を走らせてるだけでも何人もの子供の姿が見えた。ここでは人が普通に暮らしているのだ。
だが、アリシアが告げた言葉は、あまりにも残酷なものだった。
「軍用機と思しき飛行物体、急速接近。上空を通過します。部隊が散開し、町を包囲するものと予測」
見れば、軍用ヘリらしき機体がかなりの速度で西に向かって飛んでいくのが見えた。しかもその時、後ろの方で爆発音もした。近くはない。バックミラーで確認すると、私達がいた辺りと思われた。
「武装集団と、軍と思しき部隊との戦闘が始まったものと思われます。射撃音を確認。MGAU-808、30mmガトリング砲<アヴェンジャー>と一致」
アヴェンジャーだと!? 確かに、ここまで聞こえてくる、ヴーッと低く唸るような特徴のある射撃音は間違いない。
それは、30㎜砲弾を毎秒750発ばらまく、通常兵器の中ではミサイルを除けば最も破壊力のある武器の一つだった。一発一発の威力はトールハンマーに劣るが、とにかく大量の砲弾を瞬間的に発射することで、我が社のCSK-305を除けばほぼすべてのランドギアを一瞬で屠ることができる恐ろしい武器である。CSK-305と言えど、五秒間直撃を受ければ無事では済まない。
そんなものを搭載した軍用ヘリで町を包囲するだと…?
「アリシア、その軍と思しき部隊の作戦内容を推測できるか!?」
私は、自分自身でも恐ろしい予感を抱きつつ、アリシアに問い掛けてみた。そして返ってきたその答えは、私の予感そのものの、あまりにも恐ろしいものであった。
「はい、ゲリラ掃討を前提として、この町そのものを消滅させることが作戦目標だと推測されます」
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