1日目・午前(状況発生)

私の名前は千堂京一せんどうけいいち。年齢四十六歳。A型。地球生まれで国籍は日本。総合企業体「JAPAN-2ジャパンセカンド」のロボティクス部門の役員の一人だ。ネオアフリカ経済圏「GLAN-AFRICA《グランアフリカ》」での商談の為に、自家用ジェットで商都ニューカイロに向かう途中、何者かにミサイル攻撃を受けた。


幸い、パイロットの機転と我が社自慢のマニューバを搭載した機体により直撃こそ免れたが、損傷の度合いは大きく不時着。その際にパイロットを含む六人が死亡。更にその後、正体不明の武装集団の攻撃により生き残った乗員四人と我が社の社員四人が死亡。不時着から僅か六時間で生存者は私一人となり、私に残された対抗手段は、今回我が社が商談の為に輸送中だったランドギアCSK-305及び、現在バッテリー不調の為休止中のメイトギア、アリシア2234-LMNだけになってしまったのだった。


あくまで今回は商談が目的だったため、ランドギアCSK-305の武装はほぼダミーで、固定武装の9.6㎜チェーンガン七千発のみが頼りだった。しかしそれも残弾五千発を切っている。フルオートで撃てば十秒足らずで撃ち尽くす計算だ。ランドギアCSK-305の非常に優れた自律戦闘能力により敵の襲撃を三度退けたが、やはり一機では、敵に完全に包囲された状態で何人もの人間を守るのは難しかった。せめてフル装備状態でイージスシステムが使えれば多目標同時攻撃も可能だったのだが……


現在、ランドギアCSK-305の最優先警護目標は役員である私になっている。私一人を守れているだけでも優秀さが分かるというものだが、さすがにそれももう長くはもたなさそうだ。


現在地は、恐らくニューカイロの東二千キロといったところだろう。完全な砂だけの砂漠ではなく、川も流れている荒地だから、我々が消息を絶った時点で捜索活動が始まってるはずだ。せめて二~三日生き延びられれば何とかなると思うものの、状況は非常に厳しい。


ランドギアCSK-305の戦闘記録をチェックすると、武装集団は恐らく三十人から四十人くらいのゲリラと思しき者たちだ。五機の搭乗型半自律式ランドギアを装備しているらしい。どうやら非常に乱暴かつ適当な改造が加えられているらしく原形すら留めていないようだが、本来はAK-4000系かAKS-3000系辺りの旧式ランドギアと思われた。どちらにしてもロールアウトからは二十年以上経過していて単体での性能はCSK-305と対等に渡り合える代物ではないが、砂漠のような悪条件化で過酷な運用を前提として設計されたものだけにメンテナンスフリーとタフさだけは折り紙付きで、ゲリラ達が好んで使う、影のロングセラー商品である。もっとも、そもそもそれらを開発・販売したメイステック社はとうの昔に吸収合併されてもはや痕跡すらなかったりするのだが。


いずれにせよ、今の私の一番の目的は、彼らの襲撃から生き延びることである。それ以外には何もない。とにかく生き延びなければ何も始まらないのだ。


そこで私は、機体のインテリア用のバッテリーを使って、メイトギア、アリシア2234-LMNの起動を試みることにしたのだった。


メイトギアは、純粋な戦闘用のランドギアと違い、基本的には人間の生活の中で人間の身の回りの世話をする為に作られたロボットである。その為、多くは人間のメイドやハウスキーパーを模した外見をし、人間に圧迫感を与えないようにする為に非常にフレンドリーな意匠が施されていた。そしてこのアリシア2234-LMNも、我が社が一般向けに販売したアリシアシリーズの一つで、人間の身の回りの世話をすると同時に、要人警護の為のSPとしての機能も付加されたモデルであった。これが起動できれば、CSK-305とリンクさせ戦術の幅が飛躍的に拡大する筈だ。後は、起動が成功するまで彼らが大人しくしていてくれるのを祈るのみである。


今でこそ役員に収まってる私だが、元々は技術畑の人間だ。この程度のバッテリーの移植は造作もない。ただし、充分な道具があればの話なのがいささか辛い。機体に備え付けられていた非常用工具は不時着の際に失われ、私がお守り代わりに持っていたマルチツールではさすがにすんなりとはいかない。


だが、苦労の甲斐あって、バッテリーの移植は完了した。後は起動し、設定を行うだけだ。


「アリシア2234-LMN、緊急起動モード」


私がそう声を掛けると、眠っているように瞑っていた目が、パッと開かれた。それと同時に、口紅が塗られたように艶のあるピンク色の唇も動き出す。


「アリシア2234-LMN、緊急モードにて起動します」


緊急起動モードというのは、まず必要最小限の機能を起動し、その後必要な機能を順次起動させるという、短時間で起動を行うために用意されたモードである。いつまた奴らが来るかも知れない今は、とにかく時間が惜しいのだ。


「初期診断プログラム作動、チェック…チェック終了。主要機能異常なし。メインフレーム異常なし。バッテリーに問題あり。不正バッテリーが装着されています。このまま使用を続けられますと、製造者責任法の保護対象外となります。起動続行しますか?」


抑揚のない声でそう問い掛けられ、私は、


「製造者責任法の保護対象外となる旨、了承した。起動続行」


と応えた。


「再度確認いたします。不正バッテリーが装着されています。このまま使用を続けられますと、製造者責任法の保護対象外となります。起動続行しますか?」


決められた手順とは言え若干煩わしい再確認にも、


「了承する。起動続行」


となるべく平穏に応じる。というのも、ここで声を荒げたりすると、周囲の状況を確認の上で全ての機能の起動を行う通常起動に移行してしまい、倍ほど時間がかかってしまうからだ。何しろ、本来互換性のないバッテリーを装着し、緊急起動モードで起動しようなんていう状況は大抵普通じゃないから、自身の周囲で何が起こっているのかをメイトギアが確認・分析し、場合によっては自己凍結モードという、解除に非常に手間のかかる自己保身プログラムを作動させて、犯罪者に悪用されたりするのを回避する機能が与えられているのである。


だから出来れば、起動中にも奴らには来てもらいたくない。保護対象を設定する前に戦闘なんかが始まると、下手をすると自己凍結されかねないのだ。


「起動完了まで、残り25%…20%…15%…10%…」


祈るような気持で、カウントを待つ。


「…5%…起動しました。ありがとうございます。私はアリシア2234-LMNと申します」


アリシア2234-LMNが無駄のない美しい身のこなしで立ち上がりそう名乗った瞬間、無機質で無表情だったその顔が、ふっと柔らかい印象のものに変わった。僅かに笑みを湛え、私を見詰める。


「私の機能についての説明が必要でしょうか?」


当りの非常に柔らかい、穏やかな口調でそう訊いてくる。それに対し、私は冷徹に応じた。


「いや、結構だ。私は君を良く知っている。それより現在切迫した事態にある。早速、保護対象の登録を頼む。保護対象は私、千堂京一だ。職員番号JAPAN-2-GE-JIH452NHSK38CL」


必要最小限だけを話す。するとアリシア2234-LMNもそれに応じ、


「職員番号確認しました。保護対象登録完了です。おはようございます。千堂様」


と、柔和な笑みを向けたのだった。


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