1日目・午後(リンク開始)
それは、アリシア2234-LMNの起動に成功した直後だった。
「警告! 熱源感知、移動体接近中。先ほどの集団が補給を終えて戻って来たものと思われます」
CSK-305が、無機質で機械そのものの音声で警告を発する。私にはまだよく見えないが、CSK-305のセンサーの信頼性は高い。間違いないのだろう。しかしこのタイミングとは、緊急起動モードを選択したのは正解だった。
「アリシア! 状況発生! 戦闘モード!!」
私の声に反応し、アリシア2234-LMNは、
「戦闘モード受諾しました。保護対象再確認、千堂京一様。確認いたしました」
と、緊迫した状況には似つかわしくないくらいに穏やかな声で応じ、それと同時に私を庇うように接近中の武装集団の方に向かって立ちはだかる。だが、アリシア2234-LMNとCSK-305をそれぞれ別々に運用していては、充分じゃない。CSK-305とリンクさせることこそが目的なのだ。そこで私は、命令する。
「特殊コード、JAPAN-2-GE-ZZ-1891121819267NHG49TSS。実行!」
それは、開発部の一部の人間と、役員にのみ開示されている、一般には非公開の機能を使うためのコードだった。それにアリシア2234-LMNが応じる。
「特殊コード、JAPAN-2-GE-ZZ-1891121819267NHG49TSS、受諾しました。フレンドリー機検索…検索完了。機体名、CSK-305、製造番号、CSK-305-PE-KI8756OL45。リンク開始」
そう、これこそが、私の狙いだった。戦闘用のランドギアであるCSK-305とアリシア2234-LMNをリンクさせ、独立した機体を有する一個のユニットとして運用が可能になるのだ。さらに命じる。
「リンクはCSK-305を優位としてFIX。同時にアリシア2234-LMNに互換性のある戦闘データの共有」
その瞬間、先ほどまで柔和な笑みを浮かべていたアリシア2234-LMNの表情が、無表情かつ無機質なものへと戻る。CSK-305側を本体としたことで、戦闘用以外の機能がサスペンドされた為だ。これでアリシア2234-LMNは、CSK-305の一部として動作するのである。ちなみにアリシア2234-LMN側を本体として使うことも出来るが、戦闘においてはCSK-305を本体とする場合とでは比べるべくもなく、せいぜいイベントの出し物くらいにしか使い道が無いので当然使わない。
これで、奴らを迎え撃つ準備は万端だ。ただその前に念のため、
「アリシア、衛星電話は使えるか?」
と訊いてみる。だが、
「こちららからの信号が衛星に受信されません。現在発生中の太陽フレアの影響と思われます。復旧予定は本日18時」
やはり、か。まあ分かってはいたのだが。太陽フレアによる影響は、シールド技術の向上により今では限定的になっており、よほど大きなものでもない限り注意情報すら出ないが、旧式の通信衛星の中には影響を回避する為に機能を停止し、繭と呼ばれる防護シールドに閉じこもってしまうものがあるのだ。しかも、携帯電話の基地局がほぼ火星全土に普及している今では、こういう荒野や砂漠くらいでしか衛星電話は使い道が無く、設備の更新がどうしても後回しになる。まあいずれこの辺も、基地局ドローンを展開して普通の携帯電話の通話範囲になるのだろうが。
だが、こういう時に都合よく砂漠に不時着することになるなど、偶然にしては出来過ぎている気がする。とは言え今はそれを考察していても仕方ない。
その時、再びCSK-305が警告を発した。
「高速熱源接近。ロケット弾です。遮蔽物に退避」
それを聞いて私が身を屈めた瞬間、十メートルほど離れたところで爆発があった。着弾したようだ。
「有効射程外からの攻撃です。威嚇と思われます」
アリシア2234-LMNの口を使って、CSK-305が告げる。
「迎撃します」
その言葉と同時にCSK-305がチェーンガンをセミオートで斉射。二回、三回と空中で爆発が起こった。飛来中のロケット弾を空中で迎撃したらしい。その煙が晴れた頃、はっきりと私にも連中の姿が見えた。
「敵兵力展開中。ですが、背後にまで回り込む動きは見られません。対象が一人の為、同士撃ちを避けることを優先したものと思われます」
CSK-305のその分析は、こちらにとっては好都合だった。アリシア2234-LMNが、奴らを目掛けてすさまじいスピードで走り出す。奴らはアリシア2234-LMNの存在を知らない。知っていたとしても起動したことを知らない。虚を突かれて、それでも何とかライフル等で狙い撃ちにしようとしたようだが、遅い。地面を蹴り宙に舞ったアリシア2234-LMNは、正面の車両に乗っていたゲリラの上に落ちた。徹底的な軽量化を行っていると言っても、アリシア2234-LMNの乾重量は九十二㎏。ヘルパー機能のみの一般仕様よりも二十㎏以上重い。それが数メートルの高さから落ちてきたのだから、直撃されたら生身の人間など一たまりもない。間髪入れず、その車両に乗っていた他の兵士もなぎ倒し、次の車両へと飛び移る。それに慌てた連中に対し、CSK-305がチェーンガンを斉射した。
アリシア2234-LMNが囮として彼らの前に躍り出て向こうの戦術を乱し、CSK-305がその隙を突いて攻撃する。非常に合理的な戦術だった。まるで新体操の選手のように飛び跳ねて、回って、ポーズを決める、一見すると美しいとも言えるその動きは戦闘行動としては無駄にも見えるが、敵の目を注意を惹き付けて惑わすという意味においては極めて有効だった。
しかもアリシア2234-LMNは敵を攪乱するだけでなく、ある時は徒手空拳で倒し、ある時は携行武器を奪って攻撃するのだ。現に今も、右手にハンドガン、左手にサブマシンガンを持ち、敵陣形の真ん中で乱射している。弾丸が尽きればそれを捨てて次を拾い、戦闘を継続する。人間用の携行武器はほぼ使えないCSK-305では出来ない戦い方だった。そしてそれは大変に功を奏した。奴らはパニックになり、同士撃ちまで始める始末だったのである。
連中も必死に応戦するが、小口径のハンドガンやサブマシンガンではアリシア2234-LMNの防弾スキンには傷も付かない。自らに降り注ぐ弾丸を意にも介さず、アリシア2234-LMNは無表情のまま敵を打ち倒していくのだった。
焦った奴らのランドギア二機がアリシア2234-LMNを攻撃する為に側面をこちらに晒した瞬間、CSK-305が装甲の薄い部分を狙い撃つ。奴らのランドギアは前面装甲に重点を置いて強化しているらしく、9.6㎜程度では正面からの攻撃は有効打にならない。だが、熱循環を効率よく行っている現行のランドギアと違い、旧式のランドギアは熱対策の為にどうしても排熱口が必要になり、そこが弱点になる。AK-4000系ないしAKS-3000系は、腕の付け根下側にそれがあり、装甲でカバーするにも腕の稼働を妨げることになるので限度があるのだ。そこならば、9.6㎜のチェーンガンでも通用する筈だという私の読みが、見事に的中した。
それでも、腕を下げていればその装甲で守れただろうが、アリシア2234-LMNを攻撃する為に上げてたことが仇となった。さらに、その奥にはパイロットとして人間が搭乗しており、狙われれば間違いなく致命傷になる。僅か数㎝の隙間ではあったが、そこをチェーンガンで精密狙撃できるCSK-305はさすがに我が社の製品だった。もっとも、同じ芸当はアリシア2234-LMNでも可能ではあるのだが。剛性が高くブレが少ない我が社のフレーム技術のおかげである。
私は、大きな手応えを感じていた。
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