4日目・午後(残り87㎞)
正午を少し過ぎた頃の休息中、また、武装集団の襲撃があった。
「千堂様。こちらに近付いてくる者がいます。人数は約二十名。武装車両八台に分乗し、接近中。照合…照合終了。四十七時間前に撤退した武装集団の構成者と80%一致しました」
またか…しつこい奴らだ。よほど金を積まれたか、事情があるんだろう。だが、奴らはこちらを生け捕るつもりはなく間違いなく殺しに来ている。本意ではないが、迎え撃つしかない。
「その集団の装備は?」
メイトギアのアリシア2234-LMNしかいない今は、ランドギアを使われたら恐らく持ち堪えられない。奴らが使っていた旧式のランドギアであっても、要人の盾でしかないアリシア2234-LMNよりは戦闘力は高い。私は覚悟を決めていた。しかし。
「高脅威が予測される装備は確認できません。携行火器と、車載型の重機関銃を確認。携帯型のロケット砲等の装備も推測されますが、現在は確認できません」
とのアリシア2234-LMNの言葉に、私は少しほっとしていた。さすがにロケット砲を使われると厳しいが、ランドギアがいないなら望みはある。
「警告、ロケット砲を確認! 発射されました。迎撃します」
と言い終える前にアリシア2234-LMNはチェーンガンを発射。飛んでくるロケット弾を空中で迎撃していた。そして武装集団に向かってセミオートにしたチェーンガンを斉射。
「車両三台を迎撃成功。敵集団は散開。こちらを包囲するものと思われます」
その報告に私は、
「よし、最も脅威が高いと思われる小集団から各個撃破」
こういう時は弱いところを狙うのがセオリーだとは思うが、私は戦闘の専門家じゃない。アリシア2234-LMNの能力を信じ、一番の脅威から排除することを指示した。しかしその瞬間、
「ロケット砲発射を確…!」
言葉の途中でアリシア2234-LMNの至近距離にロケット弾が着弾、爆炎と砂煙で、一瞬、姿が見えなくなった。だが、その煙の中からチェーンガンが斉射され、左に回り込もうとしていた車両二台を破壊する。
煙が晴れて姿を現したアリシア2234-LMNに、今度は重機関銃によるものと思しき銃撃が降り注いだ。とは言え、遠距離からの重機関銃程度ではアリシア2234-LMNの防弾スキンは破れない。着弾の熱と衝撃で変色はするものの、ほぼノーダメージの筈だ。右腕で、最も耐弾性が低い
するとその途端、武装集団は踵を返し、撤退を始めたのだった。やはり、あちらの頼みの綱だった小集団を撃破したことで、作戦が狂ったんだろう。
「半径5㎞以内に脅威は確認できません」
完全に姿が確認できなくなったことを確認して、アリシア2234-LMNは迎撃モードを解除した。
「ご無事でしたか? 千堂様」
あれほどの戦闘の後でも決して崩れない笑みを湛えたまま、アリシア2234-LMNは私に近付いてきた。しかしその姿は、至近距離へのロケット弾の着弾や重機関銃の弾丸の直撃を物語る防弾スキンの変色で、まるで茶色い痣のようになっていた。もちろん機械は痛みなど感じない。にも拘らず、少女のような姿をしたアリシア2234-LMNのそれは、脚も腕も顔も、直視するのを躊躇わせるくらい、痛々しさを感じさせるものだった。
私は思わず目を逸らしながら、「大丈夫だ」と応えていた。
そうだ。彼女は苦痛など感じない。腕がもげようと足がもげようと、彼女はその笑みを浮かべたまま、私に話しかけるだろう。その異様さが、私に彼女を直視することを避けさせた。
その後、さすがにそのままでは危険だと思い5㎞ほど移動して、再び休息をとる。彼女はマントの様に羽織ったシートを広げ、簡易テントの支柱として私を直射日光から守ってくれていた。何時間でも、身動き一つ取らずに。
私は彼女に背を向けて、寝た。彼女の姿が目に入るのが嫌だった。痣にも見える斑模様を手足や顔面に浮かび上がらせて、テントの支柱の役目をする少女のようなその姿を、見たくなかった。
日が傾き、岩が長い日陰を作ってくれるようになった頃、私はそこで日光を凌ぎ、彼女が、アリシア2234-LMNが、武装集団の落としていったコンロで温めた缶詰を食べるのだった。
他にも、撃破した武装集団が作戦指示書のようなものを持っていないかアリシア2234-LMNに調べさせたが、それらしいものは発見できなかった。ただ、奴らの一人が持っていた携帯電話を手に入れることができた。GPSも無く衛星通信式のものではない安価な物だったから連絡は取れないが、通信記録からオレリアにいる何者かと連絡を取り合っているのが、アリシア2234-LMNによる電話番号検索で分かった。一番近いからとそちらを選んでいたら、それこそ囲いの中に飛び込むようなものだったかも知れない。
もっとも、私が西に向かって移動してることは奴らも気付いただろうから、対応してくる可能性はあるが。
しかし今の私には他に方法が無い。極力急いで、オッドーに向かおう。同時に、少しでも奴らを攪乱する為にカルクラに向かっているように進路を調整しようとも思う。その分、到着が遅れるかもしれないが、止むを得ない。
「食後のコーヒーはいかがですか?」
彼女に話掛けられ、私は思わずそちらを見た。が、さらに日が傾き赤くなった彼女の顔は、斑模様が目立たなくなっていて、視線を向けることが出来た。
「…そうだな、頂こう」
私の自家用ジェットに備え付けられていた食料品の中からコーヒーを見付けた彼女が、勧めてくる。この時私は、何となく彼女が話しかけてくることに対して嫌悪感のようなものが薄らいでいるような気がしたのだった。無論それは、彼女の献身に情を感じた訳じゃない。彼女のそれは献身などではなく、ただのプログラムに過ぎない。どんなに人間らしいやり取りをしても、彼女には心などない。
辛いとか、苦しいとか、痛いとか、もうこんな役目は嫌だとか、彼女は決して思わない。自分に与えられたプログラムやアルゴリズムに忠実に従って、ただ壊れるまで私を守ろうとするだけだ。そんなことは分かっている。何しろ我が社の自慢の製品だ。こんなことは造作もない、当たり前の結果でしかない。
私が感謝の言葉など掛けなくても、彼女は何一つ不平不満も漏らさない。私が苛立ちをぶつけて殴っても蹴ってもあの笑顔を向けてくるだろう。彼女はそういう機械なのだ。
人間のどんな理不尽な振る舞いにも耐え、常に人間が最も安心できる対応を模索し、その時に最も適切な行動を自らに課し、人間の為に尽くす。その対価が例えゴミのように打ち捨てられる事だとしても、彼女は人間を恨んだりしない。そういう風に、我々が作ったのだ。
…何という、おぞましい機械だろうか。
CSK-305は、純粋にただ戦うだけの機械だ。相手が人間かどうかは関係ない。ただ敵を打ち倒す為だけに、媚びを売ることも無く、人の心を推測しようともせず、とにかく勝利することだけを目的に戦う。彼女に比べれば、まだ、CSK-305の方がむしろ道具として潔い気がしてくる。
だが彼女の笑顔は、人間の醜さを、業の深さを、容赦なく照らし出してくるかのようだった。彼女に対する嫌悪感が薄れたのは、その分、私自身を含めた人間へのそういう複雑な感情にすり替わったからかも知れない。私達は、なんてものを作ったのだろうか……
今となっては遥か昔と言えるほどの昔、彼女達メイトギアの試作品が発表された時、強硬に反対してきた者たちがいたという。今なら何となく気持ちが分かる気がする。神に対する冒涜とかそういうことよりもっと、人間の感覚として、彼女達の存在は異常なのだ。
とは言え、今はいくらそんなことを考えていても仕方がない。今の私は、彼女だけが頼みの綱なのだから。
日が暮れ気温が一気に下がり始めた頃、彼女が引く簡易トレーラーに乗り、私は西へと進路を取ったのであった。
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