愛しのアリシア
京衛武百十
熱砂のアリシア
3日目・深夜(出発)
私の名前は
機体はニューカイロの東2000㎞あたりの荒地に不時着。しかし、それと同時に武装集団の襲撃を受け、生存者は私一人となってしまった。幸い、水と食料は機体に備え付けられていたものが確保できたからしばらくは何とかなりそうなものの、身を守る上で頼みの綱であった我が社の最新式ランドギアCSK-305は武装集団と相打ちになる形で大破。残ったのは要人警護用の機能も兼ね備えた、ヘルパー用のメイトギア、アリシア2234-LMNだけであった。
ヘルパー用のロボットという性質上、アリシア2234-LMNは人間に圧迫感を与えないようにする為に、メイドやハウスキーパーをモチーフにしたボディデザインと、人間の皮膚に近い質感を再現した人工皮膚に覆われた四肢が与えられ、二十歳前後の日本人女性をイメージしたマスクは常に穏やかな微笑みを
しかし、平穏な日常の中では安らぎを与えてもくれるであろうそれらは、文明の気配すら全く感じられないこの荒野の中では非常に頼りなく感じられ、中でも緊張感のまるでないマスクは、ヘラヘラと笑っているようにも見えて、今の私にとっては苛立ちさえ覚えさせるものでしかなかった。我が社自慢の製品とは言え、やはりこの状況で運用するようなものでは決してないというのを思い知らされた。
さりとて、本来はヘルパーロボットであるアリシア2234-LMNは、身の回りの世話という点においてはさすがに優秀で、このような状況であっても甲斐甲斐しく私の世話を焼いてもくれる。そのギャップに、私はたまらない居心地の悪さを感じるのだった。
それに、開発者は『二十歳前後の女性をイメージした』と言っていたが、実際にはどう見ても十代半ばからせいぜい後半にしか思えない。いくら日本人女性が幼く見えるからと言って、これはおかしいと個人的には思う。が、日本のコンテンツに強い憧れを持つ海外のセレブからは絶大な支持を得て、アリシアシリーズは我が社の看板商品の一つとなっていることもまた事実なのである。ロボティクス部門の役員である私もその実績には口を
「千堂様? ご気分が優れないようですが?」
笑みを湛えた少女のような顔で私を見詰め、アリシア2234-LMNが教科書通りの問い掛けをしてくる。『ああ、君のおかげでな』と言いたくなる自分を抑え、
「何でもない。大丈夫だ。だから私が話しかけた時にだけ返事をしてもらえればいい。それ以外では私に話しかけないでくれ」
とだけ答えた。
「承知いたしました」
その返事通り、アリシア2234-LMNはその後、言葉を発することなく、私が水を飲もうと考えれば水を差し出し、肌寒いと感じれば焚火の火を強めるのだった。言葉を発することが難しい人の要望にも応えられるように、表情筋の動きや目の動き、皮膚の発汗、脈拍、僅かな仕草で、その人が何を望んでいるか分かるということを目指して設計されてはいるしまさにその通りの性能を発揮してはいるが、人間はそれを常に心地良いとか気が利くとか感じるわけではないということを、私は自分で確認することになってしまったのだった。
しかもそれはあくまで、水分を欲してるとか空腹を感じてるとか、熱い寒いといった比較的簡単な感覚までであって、私が何に苛立っているかといった複雑な心理までは、察することは難しかった。そういう部分も察して欲しいとは思いつつ、同時にそこまで行ってしまうとほぼ心そのものを読まれているような不安感を与える可能性もあると感じてしまう。
が、今はそれはさて置いて、不時着からもう三日だ。にも拘らず救助隊が動いている気配すらない。「通信が傍受できたら知らせてくれ」と言っておいたから近くに救助隊等が来ていれば何らかの信号は傍受できる筈なのに、それさえなかった。おかしい。生存が絶望視されてたとしても、捜索ぐらいには来るはずだ。
私は再び現状を確認するべく、
「アリシア、通信チェック」
と声を掛けた。それに対して、
「半径50㎞以内に通常通信は確認できません。戦闘により損傷した私の衛星通信が復帰する確率は0%。ユニット自体の交換が必要です」
極めて事務的で機械的な返答を、にこやかとも言える表情でされるのも、どこか癇に障る気がする。この辺りも今後の課題だろうか。
いや、そうじゃなくて、救助隊も捜索隊も出ている気配がないというのはやはりおかしい。思えば今回の事件はおかしなことばかりの気がする。そもそも商談からして、社用のジェットが全て出払っていて私の自家用ジェットを使わなければならなかったり、通常の対空ミサイルではロックオンできない私の自家用ジェットをミサイルが追尾したり、何よりただのゲリラと思しき武装集団が、BAAG社のリニアガンなんていう、現時点で我が社のCSK-305に致命的なダメージを与えることが唯一可能な、最新かつ非常に高価な武器をいくつも使ってきたことが異常だ。
これはやはり、偶発的なものではなくて、何者かが意図的に起こした事件だと考える方が合理的かも知れない。だとすれば、救助や捜索を待つのは無駄だという可能性が高い。自力で生還することが、今回の件の全容を解明する唯一の突破口となると思われた。
武装集団が使っていた車両は全て戦闘で破壊されて使い物にならなかったが、簡易トレーラーが一つ、何とか使えそうだった。それをアリシア2234-LMNに引いてもらい、どこかの町まで行くのが、現時点では最も現実的な方法だろう。となれば、トレーラーに乗っていたとしても体力の消耗が激しいであろう昼間の移動は危険だ。夜の間に移動しよう。
「アリシア、おおよそでいい。現在地と、ここから最も近い町を検索してくれ」
私が命じると、アリシア2234-LMNはおもむろに空を見上げ、
「戦闘時の損傷によりGPSが機能していませんので、天測計算により現在地を推測いたします。
計測中…計測終了。
現在地、ニューカイロの東北東2024㎞。ペリア共和国、アガラ砂漠の西端と思われます。測定誤差は±3㎞。もっとも近い集落は東のオレリア、距離は約60㎞。次いで南西のカルクラ、約75㎞です」
「…その次は?」
「西南西のオッドー、106㎞です」
「よし、オッドーに向かう。さっそく移動だ」
私の指示に、アリシア2234-LMNが迅速に応えた。
「了解いたしました。オッドーに向かいます」
私と水と食料と武器を積んだ簡易トレーラーを引き、道もない荒地をアリシア2234-LMNが歩き出す。
「現在、平均時速3.5㎞。オッドー到着予定時刻、三十時間後です」
「昼間は休息し、日没から日出のみ移動する」
「了解いたしました。到着予定時刻訂正、七十二時間後です」
こうして、私とアリシア2234-LMNの、命を懸けた孤独な旅が始まったのであった。
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