2020東京オリンピックは成功しました
かどの かゆた
2020東京オリンピックは成功しました
2020年の夏。
オリンピックが延期となり、ウイルスに苦しめられて、世界中の人々は意気消沈していました。
そんなある日。東京の某所で、緑色の光と共に、一人の男が現れました。男は全身タイツの上に金属でコーティングをしたような服で、二メートルほどの高さのあるシルクハットを被っていました。
突然現れた男に、人々はひどく驚いた様子を見せます。
「映画の撮影でもやっているのか?」
「いや、一風変わったパフォーマンスだろう」
「最新技術で、よく出来たCGを投影しているのかもしれない」
人々がざわついているのにも構わず、男は辺りを見回しました。そして、不思議そうに首を傾げます。
「あの、どうかなされましたか」
とうとう、人々のうち、特に勇気のあった女性が、男に話しかけました。男は喉のあたりに付いている小さな機械をいじると、咳払いをします。
「ワタシは、東京オリンピックを見に来ました」
男は人々の前で、高らかにそう宣言しました。
人々はそんな男を見て、困り笑いを浮かべます。
「残念だけど、オリンピックは延期になったよ」
優しいおじさまが、男にゆったりとした口調で話しかけました。しかし、男はそれを聞いてもなお、納得がいっていない様子です。
「いえ、そんなはずは無いのです。2020年の東京オリンピックは大成功だったと聞きました」
「成功も何も、まだ開催してないはずでしょう? まるで過去のことみたいに話すのね」
女性が少しだけ笑うと、男もそれにつられて、笑い返します。
「えぇ、実際、ワタシにとっては過去のことですから。ワタシは2020年のオリンピックを見るために、未来からやってきたのです」
男は、すぐに警察に連行されました。
自分が未来人であるなどと主張する不審者が、野放しにされるわけもありません。目立つ格好だったのもあって、男はすぐに捕まったのでした。
男は警察にボディチェックを受けました。
男の服に触れた警察官は、その服が柔らかいような硬いような、不思議な触り心地であることを発見しました。加えて、被っているシルクハットは何をしても脱げることがありません。
それに、持ち物のどれもが、見たことの無いような複雑な道具なのです。
「もしかしたら、この人は本当に未来人なのかもしれない」
警察から報告を受け、日本政府は男を調べ上げました。しかし、彼のような人物が日本で生まれたという事実も、海外から来たという事実もありません。
それに、男の持ち物のうち一つを調べたところ、未発見の素材で出来ている道具だということが分かりました。
男は本当に未来人だったのです。
「まさか貴方が本当に未来人だったとは。今までの非礼を詫びさせてください」
総理大臣は、男に会うなり頭を深々と下げました。
日本政府は秘密裏に男から未来のことを聞き出してやろうと考え、男と面会する場を設けたのです。
「誤解が解けたようで、何よりです」
男はそんなこととも露知らず、呑気に朗らかな笑みを浮かべました。
「……貴方の住む未来では、地球は平和でしょうか」
総理大臣は緊張した面持ちで、男に質問をします。周りに居る大臣達は、ゴクリと唾を飲み込みました。
「ええ。全くもって平和そのものです」
男は笑った顔のまま頷きます。
総理大臣達はほっと胸を撫で下ろしました。
「ところで、東京オリンピックはまだ開催されないのですか?」
男は純粋な瞳で総理大臣を見つめます。その瞳は、オリンピックが2020年に開催されることを一つも疑っていないようでした。
「そ、それはですね……」
総理大臣が何かしらを言おうとしたその時。
男の身体が、みるみる透けていきました。
「おや、どうやら時間になってしまったようです。残念ですが、オリンピックは諦めるしか無いようですね。それでは、さようなら」
男はそれだけ言って、消えてしまいました。未来のタイムマシーンがどんな仕組みなのかは分かりませんが、恐らく、未来へ帰ってしまったのでしょう。
もっと色々なことを聞きたかった総理大臣は、がっくりと肩を落とします。
「とはいえ、未来が平和であるというのを聞けたのは、本当に良かった」
総理大臣は自分を納得させようと、そのようなことを言いました。
その発言を聞き、大臣の一人がハッとしました。
「ちょっと待ってください、総理。彼は今年にオリンピックが開催された未来から来たようでした。ということは、現在の予定通りにオリンピックを延期すると、未来の平和は保証されないのでは?」
「ううむ、確かに。それでは、平和を確実なものにするためには絶対にオリンピックを今年に成功させなければならないではないか!」
総理大臣は大慌てで世界中に連絡をしました。
未来人が現れたという証拠を見せ、懇切丁寧に説明をすることで、多くの国は驚きながらも納得してくれました。
「オリンピックを成功させなければ、世界の平和は無いかもしれない!」
全世界が共通して、東京オリンピックの成功に尽力することを決めたのです。
そして、オリンピックは急遽開催されました。
ウイルスのことがあるので、全ての競技が無観客です。その上、やってきた選手達が次々と感染して、まともに開催された競技など、一つもありませんでした。しかし未来人のことがあるので、世界中の人々は「開催できたのだから成功だ!」と言いました。
後の世に残る記録の全てに「2020東京オリンピックは成功しました」と書き記し、合成で観客を入れた嘘の証拠映像まで作って、オリンピックは幕を閉じます。
「あぁ、良かった。これで世界の平和は保たれた。ウイルスのせいで医療が麻痺しているが、直に良くなるだろう。なにせ、未来は平和なのだから」
総理大臣はオリンピックが終わったことに安心し、一人自室の椅子に座り、静かに目を閉じました。
あぁ、良かった。これで、めでたし、めでたしだ。と総理は思いました。
遠い未来の、とある夏の日。
皆に黙って時間旅行に行った男は、時空管理局の職員にひどく叱られていました。
「勝手に過去に行くなんて信じられん! 今回は未来が変わらなかったから良いものの、どうなっていたか分からないんだぞ!」
「すいませんでした。しかし、どうしても見てみたかったのです」
男が泣き出しそうな声を出すと、職員はため息をつきました。
「そこまでして、一体何を見たかったって言うんだ」
「旧人類が滅ぶ前の、最後にあった盛大なお祭りです。文献によると、最高に盛り上がって楽しかったらしいのですが、結局見ることは出来ませんでした」
男はやれやれといった風に首を振りました。
「ルールを破ってまで過去に行ったのに、お目当てを見ることも出来なかったのか。全く、馬鹿な奴め。……次からは、気をつけるように」
職員にギロリと睨まれて、男はしょんぼりします。
「……はい」
男は罰金を払い、それから、時空管理局を後にしました。
「いやぁ、暑い。帽子を脱ぎましょうか」
男が自分以外には脱がすことの出来ない特別製のシルクハットを脱ぎます。大きな触角が外気にさらされて、彼は幾分か涼しくなりました。
新人類が地球にやってきてから、もうかなりの時が経っています。世界は戦争も無く、すっかり平和そのものでした。
「夏ですね……」
眩しい太陽に目を細めながら、男は蝉しぐれが降る道を歩きます。
夏の空はどこまでも青く、大きな入道雲が浮かんでいました。
終わり
2020東京オリンピックは成功しました かどの かゆた @kudamonogayu01
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