第2話

「まぁそうじゃな。簡単に言うとこの世界には我々の他にたっくさんの種族がおる。我々エルフもいればダークエルフにドワーフ、頭にも耳みたいなもんを生やした獣人もしくは亜人、後は脳まで筋肉なんじゃと疑うほど馬鹿なオークやオーガ共、あぁそれに野生のモンスターも普通におるぞ」

「そういう説明はいいんで、帰らせてください」

「妾らは主にこの世界樹の付近を拠点としておる。あの木には昔から色んな言い伝えがあるようでの、エルフは樹の守り人的な役割も担っておるんじゃ」

「いや、じゃなくてかえ…」

「種族内にも部族というくくりがあっての。妾の部族は大体二百人ほどかの? 安心せい。男は十五人ほどしかおらん上、ぴちぴちの若いモン達はまだ異性のいの字も知らん初物ばかりで…」

 

 ここに来てかれこれ十数分、ガン無視して言葉を続けるフェルにいよいよ我慢ならなくなった俺は、


「だぁぁぁああ! そんなことは聞いとらん!! 俺を帰せっつてんだ!!」


 キレた。


「うっさいわ!! 帰す気あるんじゃったら無視なんかしとらんわうつけぇ!!」


 すると、逆ギレされた返事が返ってきた。


「俺なんかじゃなくて、もっと若くてやる気のある奴連れてくりゃいいでしょうが!! 何でもうアラサーだってのに異世界に召喚されなきゃならんのだ!!」

「約束したじゃろうが!」

「十年も前の子供だった頃の約束とかそんなんもう無効だろ! 時効だ時効!!」

「妾の世界にはそんな言葉ないのじゃー」

「子供か! 族長ならあんたエルフの中で一番人生経験あるはずだろ! 年寄りなんだろ! それなりの対応しろよ!」

「年寄りって……わ、妾まだ五…四百歳じゃもーん」

「こっちの世界じゃとっくに死んでる年齢なんだよ!」

「あ、ま、間違えたのじゃ! 実はまだ……な、七十歳ぐらいじゃ!!」

「どっちにしろババアじゃねぇか!!」

「ババ!? 久しぶりに会ったレディーに向かってなんてこと言うんじゃ! お主に常識は無いんか!?」

「アンタに言われたくねぇぇええ!!」


 何もしなければ木の葉を風がなびかせる音が心地よさそうな森の中に、男女の醜い罵声が響きあう。



グギャァァァアアア!!!


「お?」「え、何!?」


 その言い合いをかき消すようなほど大きな鳴き声が響き、口を止めその方向に同時に顔を傾ける。

 どう聞いたって恐竜とかそこら辺の声に近い叫びが聞こえたんですが? いよいよ帰りたいんですが!?


 確かに、昔はモンスターや怪物を倒すのを何度も夢見ていた。授業の合間や寝る前に脳内で剣や魔法でそりゃあバンバン倒していた。しかしもう成人して数年以上経ち、中二病も少しずつ抜けてきた会社帰りのおっさんが出来るモンスター退治など、ゲームの中か部屋に出るG討伐ぐらいである。


「あの方向は妾の村じゃな。ふむ。よし、行くぞケイよ!」

「えっ? あぁ……って、いや待てって!? 俺に何が出来るってんだよ!?」

「行けば分るのじゃ」


 家でくつろぐはずだった俺はこの十分足らずの間に、エルフに強制的に腕をひっぱられ、その先にモンスターがいるであろう道を走らされることになっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「してケイよ。リザードというモンスターは知っておるか?」

「トカゲみたいな奴?」

「そうじゃな、そっちの世界的にはそれで合っておる。体長は大体、大きいので二メートルほどかの? まぁ初戦にするには文句ない相手じゃ」

「二メートルか、思ってたよりは小さ……って、おい! 何さらっと俺が戦う流れになってんだよ?」

「当り前じゃろ、戦ってもらうために召喚したんじゃから」

「だから俺はもう普通の会社員なんだって! 何だ? トカゲ相手に名刺交換でもしろってのか!?」

「まぁ着けば分かるのじゃ」

「そればっかじゃねぇか!」

「そう言うな。リザードごとき村の者なら誰でも倒せるレベルの雑魚じゃ、何とでもなる」

「ホントかよ……」


 ……あれ? じゃあ何で一向にリザードの鳴き声が止まない?


 やがて大きな木々の森を抜けると、村と複数のエルフの姿が目の前に広がった。しかしそんな異世界の文化よりも、俺の前にはより目立つものが立っていた。

 それは体長二メートル……



 ……の三倍はあるであろう、巨体なトカゲだった。


「でっか!!!???」

「思ったよりおっきいのう」


神様。異世界に来て初めてのエンカウントにしては、ちょっと無茶ぶりすぎないでしょうか?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「これもう怪獣だろ! こんなん俺にどうしろってんだよフェルさ…あれ、いねぇ!?」


 ちょっとリザードに目をやっているうちに、横の小っちゃいのは消えていた。

 周りでは数人のエルフが魔方陣を展開し立ち向かっている。その中でも一番特徴的だったのは、先頭に立ち籠手の様なもので戦っている一人の少女エルフだった。白いショートボブの髪を揺らしながら、褐色の肌が所々露出した軽装を身に着け、自分の何倍も大きな巨体と格闘している。


「くっ、これでもダメかっ!」


 リザードが出す手足を華麗に避けながら関節部分に的確に蹴りや拳を入れている。が、大きく厚いその皮膚にはさほど効果は無いようだ。

 攻撃が効いてない焦りか、他の逃げている者達を気遣った油断からか、一瞬動きを止めてしまい隙を見せた彼女に、大きな尻尾が迫る。


「しまっ…きゃぁああ!!」


 両腕で受け止めはしたもののその圧倒的な質量差により彼女は吹っ飛んでそのまま地面を何度か軽くバウンドし、俺とリザードの中間地点へと倒れこんでしまった。


「リアナちゃん!」「大丈夫!?」


 他のエルフ達の声に反応することなく、倒れこんだままの彼女にリザードが迫っている。このままあの少女はリザードに食われるのか? それともただ踏みつぶされるのか。


 残念ながら、今の俺が出来ることは何も無い。

しかし、俺は異世界にまで来て人が死ぬ光景など見たくない。このままだと、俺が見ていた平和な異世界の想像図は、子供だった自分の都合のいい理想や妄想だけの夢だった事になってしまう。



「……こうなりゃヤケだ!」


 気が付けば自分が疲れていることも忘れて全走力で少女の所まで走り、彼女に肩を貸していた。


「大丈夫か!?」

「だ、誰?」

「今はそんなこといい! とりあえず逃げっ…」


 そこにたどり着いた頃には、既にリザードは残り10メートルほどまで差を縮めていた。

彼女がまだ走れそうにない事を悟った俺は、武器も防具も無いただの寝間着状態で彼女の盾になるように立ち塞がる。

正直、カッコはつけれたかもしれないが結構な後悔をしていた。


「……いや、まだ終わってない。救世主として召喚されたんなら、何かあるはず……そうだ、魔法!」


 テンプレ通りならこれでいけるはずだ。

リザードに左手をかざして頭の中で火球を想像し、大きく叫んだ。


「フレイム!!」

 ……

 ……

 ……

「出ねぇ!?」

 

 F.L.A…うん、綴りもちゃんと覚えてる。あれ? 何で!?

 あ、もしかして最近稀に見る「能力無しで異世界へ」系? だとしたら、盛大なやらかしでは……



「何やっとるんじゃケイ。ほれ、これを受け取るんじゃ!」


 反射的に声の方に向く。消えていたはずのフェルが戻って来ており、俺に目掛けて真っ黒な表紙をした一冊の本を投げてきた。

受け取ってページを開く。そこには見たこと無い文字と魔方陣が、1ページごとにびっしりと書かれていた。


「何これ?」

「魔導書じゃ。それで魔法を唱えるんじゃ」

「唱えるって、こんな見たことも無い文字、読むことすら…」


 ……あれ? 分かる。これはつららを落とす魔法、これは雷を起こす魔法。何だこれ? いや、それは今いい。そんな事より……


「この本さ、肝心の魔法の名前書いてないんだけど?」

「そんなんお主が考えて撃てばよかろう! 何でもいいからはよ使うんじゃ!!」

「マジかよ……どうなっても知らねぇからな!」


 えぇと、これは炎が……あ、もういいや。これ唱えよう! 最初のページの方だからそんな感じの基礎的な魔法だろう。これフレイムってことにしよう。

 そのページを開いたまま、リザードに向かって再び大きく叫んだ。



「フレイム!!」


 火が大きく燃える音がする。頭上に現れたのは確かに火の玉だった。

ただ、いかんせんこのリザードと同じように、俺が想像していた火炎とは何かが違ったようだ。




「…………デカくね?」


 次の瞬間、小さな太陽のような燃え盛る塊が落下しリザードをすっぽりと包むと、その鎧の様な図体を一瞬で肉から炭、炭から灰へと変えながら消滅させた。


 驚きからか、モンスターを倒したことによる緊張の緩和からか、もしくは会社帰りに異世界来て全走力したことによる疲労の限界からか。

 俺は周りに居たエルフ全員の視線を浴びながら、その場にぶっ倒れた。

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異世界が遅すぎる ~十年後に呼び出しって本気ですか?~ 斜動乱 @necrotan

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