異世界が遅すぎる ~十年後に呼び出しって本気ですか?~
斜動乱
第1話
それは何もない日常を抜け出したいと考えていた少年の自分にとって、夢のような言葉だった。
「どうか、妾達の世界を救ってくれんか?」
静まり返った家の自室に、口調とは裏腹に小学生ぐらいの尖った耳が特徴的な黒髪オカッパの、「フェル」と名乗るエルフからの助けを求める声。
「妾達のいる世界は混沌の危機に陥ろうとしておる。少年よ。そなたの力が必要なのじゃ」
「お、俺の……? でも俺、特別な力とか何も無いし」
「力ではない。お主の「誰かを救いたい」と思う心が必要なのじゃ」
恋人や親友も居ない。家族も出来のいい弟がいるため関心の一つも向けられない。こんな誰からも必要とされていないと思っていた自分を、彼女は優しく「必要」と言ってくれた。
決心するのに、そう時間はかからなかった。
「俺、行きます。その世界に」
「おぉそうか! ありがたい限りじゃ。エルフの族長として礼を言うぞ。では、えぇと…」
「ケイです。龍宮寺(りゅうぐうじ) 敬(けい)」
「ではケイよ。其方に我らが世界を救う救世主として召喚することを、ここに契約する!」
フェルは手にしている自身の倍はある杖でコンと床を叩くと、煌びやかな白い色を輝かせながら大きな紋章が自分を包んだ。
「この魔法詠唱が終わり次第、すぐにこちらの世界へ来ることになる。後、召喚中にお主のこっちの世界でやりたいことを一つ考えておくのじゃ」
「やりたいこと?」
「世界を救ってもらうお礼じゃ、一つくらい叶えてやる。では、妾は先に帰ってお主を待っておるからの」
「はい。俺、頑張ります!」
「お先にじゃ」
そう言って、フェルは姿を消した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
街をいくつも覆えそうなくらい広く、ミサイルを撃ち込まれても平気そうなほどの大きな樹がそびえ立つ世界、ラディーネ。その麓の森で生活をしているエルフ達の長、フェルが遺跡の様な場所で喜びの声を彼に送った。
「よく来たのケイ。ここが今日からお主が過ごす世界じゃ」
「……」
「あ、衣食住は心配せんでもいいぞ。ちゃんとこっちで用意は完璧にするからの!」
「……」
「どうしたんじゃそんなに元気ない顔をして? あ、もしかして遠足の前日とかによくある「緊張と興奮で全然眠れなかった」的なやつかのう!」
今まで黙っていたが我慢できなくなったのだろうか、彼はゆっくりと口を開く。
「魔法詠唱が終わり次第って……言いましたよね?」
「そうじゃ。ちとミスに気が付いて魔方陣を修正しておったり、後は試しに魔力を使わんで唱えられるようにとか、色々な実験しておったんじゃ。まあ少し時間はかかったが、成功したようじゃの!」
「少し……?」
「そうじゃ!」
彼は呆れかえった顔で、彼女を見下ろした。
それはかつて異世界という新天地に夢見た輝いた目ではなく、色々経験して世の中を知った者の、少々曇り気味の目だった。
「……あれから十年くらい、経ってるんすよね」
かつて異世界への召喚を夢見ていた彼は、顎にカミソリ跡を残したフラットな部屋着の大人になっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あー疲れた」
会社からいつものように電車と徒歩で家へと帰る。道中で晩飯を買ったり、友人と会社の愚痴を電話で言い合ってみたり、大体はそうして帰宅する。
「ただいまー。つっても誰も居ないんだけど」
もはや口癖になっている一人挨拶をしながらアパートの一室に入り、いつものようにシャワーを浴びてジャージに着替え、PCが置かれたちゃぶ台の前に座り、壁に持たれながらテレビを付けて録画していたものを消化する。
「……平和だ」
そう呟きながらテキトーに録っていたアニメを流し見する。これはどうやら今期からスタートしていた異世界転生もののようだ。高校生ほどの少年が不釣り合いな大剣を軽々と持ち、大きなモンスターに突っ込んでいってるをぼーっと見つめる。
「異世界……ねぇ」
自慢ではないが、俺は過去に異世界に招待された事がある。ある日急に俺の部屋に現れて「世界を救ってくれ」と言われた。あの頃は心が躍って、フェルが消えた後も泣いて喜んだものだ。
しかし一時間、一週間、やがて一年と過ぎても召喚はされることは無く、どうやら転生者の選考に落ちたという予想と同時に、異世界からも必要とされてないと感じたその時は三日三晩泣き明かした。
それも今となれば懐かしい過去の記憶だ。そういう経験の悲しさを薄めてくれる「時間」というのは凄いものだと本当に思う。今でも親とは疎遠で彼女もいないことは変わってないが、友達や生きる意味はそこそこに出来た。会社も楽と言う訳ではないが仲のいい先輩後輩もいるし、順風満帆とまでではないだろうが、俺は満足している。
「もう十年前か……。今頃、あの世界は他の人が救って、エルフ達とハーレムアニメみたいにわいわいやってんのかな?」
俺が行ったらどうなってたんだろうか。このアニメの主人公のように上手く立ち回れただろうか? そもそも世界が違うんだから、食や道徳観念で葛藤したりとか普通にありそうだけど……いや、今更考える事でも無いな。
というか、あれは思春期が見せた夢だったのかもな。やっと休日迎える訳だし、少し寝るか。
本能のままに横になりゆっくりと目を閉じる。早速夢でも見始めたんだろうか。瞼越しにあの頃の様な光に包まれている感覚が蘇って……
「ん?」
目を開けると、そこには寝そべった俺を包むよう、畳の上に紋章が描かれていた。
え? これって確か……いやいや! ちょっと待て。流石に夢だよな? これは明晰夢的なものを見ているだけで……よし。とりあえず逃げるか!
急いで立ち上がり玄関へ向かい運動靴を履いて、ドアノブに手を伸ばした。
次の瞬間、場面は緑広がる遺跡の様な所になり、いつか見た時と何も変わっていないオカッパエルフが、目の前に笑顔で立っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれから十年くらい、経ってるんすよね」
「そうじゃの。まぁエルフとお主らでは感覚が違うからの。あ、そうじゃ。召喚成功したんじゃし、お主のやりたいことを一つ叶えてやろう」
「あー……あったなぁ、そんな約束」
「やっぱりエルフとのいちゃらぶかの? 安心せい。この世界でのエルフ男女比はなんと二対五で男性が少ない環境じゃ! しかも召喚者ならそれだけで好みの者を選び放題より取り見取りじゃぞ! それともあれか? 奴隷か? 奴隷を懐柔して依存させたい派かの? ともかく何でも叶えて…」
「じゃあ帰してください」
「ん?」
「にっぽんに、帰してください」
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