卵がゆと恋の始まり

日野なつめ

〜卵がゆと恋の始まり〜

 「俺、お前のこと好きだから。」


 ・・・は?


 篠崎宏太はフリーズした。


 大学終わり、自分のアパート。篠崎は親友の真下徹に、この後暇だから俺の家でゲームでもしないかと誘った。いいね、と言って真下はついてきた。よくある流れだ。


 家に着いて、流行りの戦闘系ゲームをしながらいつものようにとりとめのない話をした。篠崎はつい先日年上の彼女に振られたという話をした。アルバイト先で出会った色気のある美人だった。


 原因があるとすれば自分なのだろう。何事にも夢中になれない性分なのかもしれない。彼女のことは人として普通に好きだったけれど、それが恋かと聞かれればよく分からなかった。


 そんな話を軽い感じで真下に向かって話したのだ。真下はいつもと変わらずふーんという感じで聞いていた。興味があるのかないのか分からない感じではあったが、篠崎は真下の何を考えているのか分からないところがなんとなく好きだった。


 ゲームも終わり、買ってきたジュースを飲みながら篠崎は真下に、お前は好きなやついないのか、と尋ねた。大学に入って真下と知り合って2年。篠崎は真下のそういった話を一度も聞いたことが無かった。


 真下はゲームと漫画が好きでオタク気質なところがある。趣味に生きているから、現実の恋愛とかあんま興味ないだろうな、という勝手な偏見を篠崎は真下に対して持っていた。だから真下と、あまりそういう話をしたことはなかった。だから興味を持って聞いたのだ。


 そしたら。


 「俺、お前のこと好きだから。」


 「・・・」


 篠崎はここはツッコむところなのかどうか真剣に考えた。真下はあまりボケたりとかはしないし、ましてや真顔なので冗談なのかどうか分からなかった。まあでも、恋愛話が苦手な真下の渾身のボケかもしれない。


 「おー!俺も好きだぜ、友よ!」


 篠崎はそういって、真下の肩をバンバンとたたいた。こうするしか思いつかなかった。いや、これが正解だろう。そしたら篠崎は呆れたようにため息を着いて、


 「本気だから。」


 と言った。


 篠崎はまたフリーズした。


 ・・・え、本気?え、それはその、恋愛的なやつ?え、でも俺は男で真下も男で。え?


 ゲイとかバイとかBLとかいう単語が頭を巡る。そういえば、最近見たな、そういうドラマ。そんなことを考えながら、でも何も言葉は出てこない。


 篠崎が黙っている間に真下はジュースを飲み干し、リュックを持って立ち上がって言った。


 「別に付きあって欲しいとか言ってるわけじゃないから。今まで通りでも別にいいし、気持ち悪いと思ったんならそれでもいいし。」


 「いや、気持ち悪いとかは思ってないけど。」


 それは、本音だった。すると、真下はうん。とつぶやき、


 「でも、なんか伝えてみたくなったごめん。」


 と言って、足早に玄関へと向かって篠崎の部屋を出ていった。


 篠崎は誰もいなくなってシーンとした部屋の中でぐるぐるとまだ混乱している頭の中を必死に整理しようとした。


 男を好きになるという感覚は正直篠崎にはよく分からなかった。そもそも女性に対してすら好きになるというのがよく分かっていない。付き合うという経験はしているけれど、それを恋愛とは言わない気がする。


 そんなことを考えているうちにうとうとと意識がなくなっていった。


         ◇


 次の日、妙に身体がダルいと思ったら、熱が出ていた。体温を測ると38度6分だった。


 篠崎は真下に会わない理由が出来たことにほっとしていた。会って何を話せばいいかまだ分からない。


 しかし、1人暮らしで体調を崩すとすごく心細い、と篠崎は天井を見つめながら思う。

熱冷ましの貼るやつとか買っとけば良かったな、と後悔した。


 携帯の連絡先を出してみる。こんな時に頼める友達なんて、真下しかいないのに。でも、どうすればいいか分からない。


 しかし、ガンガンと痛くなる頭にそんなことはどうでもよくなり、篠崎は真下に熱が高くて大学行けない、という連絡をして、目をつぶった。


         ◇


 良い匂いがして目が冷めた。額ににひんやりとした感じがしたので触って見ると熱冷ましのシートが貼ってあった。


 「あ、目ぇ冷めた?」


 声の方を見ると、真下が鍋と茶碗をテーブルの上に置いていた。


 「・・来てくれたのか。」

 

 「来てほしそうな連絡してきたじゃん」


 確かに、と篠崎がいうと真下は少し微笑んだ。


 「体調どう?」


 「だいぶ良くなった。」


 「そっか、食べられそうならこれ食べて。」


 そう言って真下は鍋の蓋をあけた。中は卵のおかゆで、良い匂いが食欲をそそった。時計を見ると、昼の3時。そういえば、朝から何も食べてない。


 篠崎はベッドから起きてテーブルに向い、真下がよそってくれた卵がゆをすくって口に入れた。


 「・・うまい。」


 「ほんと?良かった。」


 そう言って、真下は自分もおかゆをよそい、食べはじめる。


 二人で黙々と卵がゆを食べた。食べながら篠崎は、なんだか今日の真下は雰囲気がやわらかい、と感じていた。

         

 食べ終わり、寝てなよ、と真下が言うので篠崎は再びベッドに横になった。真下はその間に洗い物をしてくれている。


 やがて、洗い物が終わった真下が手を拭きながら篠崎に話しかけた。


 「じゃあ、俺帰るから。また何かあったらいつでも呼んで」


 「おう、ありがとな。ほんと助かった。」


 篠崎はそう返しながら昨日の答えを真下に言わなければと言葉を探した。


 真下はそんな様子が分かったのか自分から切り出した。


 「昨日は、ごめん。あんなこと突然言われても篠崎だって困るだけなのにな。もう、忘れてくれ。」


 篠崎は真下に対してまっすぐ、嘘なく自分の気持ちを伝えたいと思った。それが恋愛でなくたって、真下は篠崎にとって大切な存在だった。


 「俺は、嬉しかったよ。」


 篠崎は切り出した。 


 「真下が好きって言ってくれて、俺は嬉しかった。俺は正直、人を好きになるってことがいまいち分かってないけど、それでも真下のことをもっと知りたいと思ってる」


 ・・・言っていて、照れくさくなってきた。ちゃんと伝わっているんだろうか、と篠崎は真下の方をちらりと見た。


 真下は篠崎の言葉に少し驚いた顔をして、微笑んで言った。


 「これからも一緒にいていい?」


 「もちろん」

 

 篠崎は即答した。すると、真下は心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。


 篠崎は真下のそのまぶしい笑顔に今まで感じたことのない胸の高鳴りを覚えたのだった。



 

 



 


 



 


 




 


 


 

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卵がゆと恋の始まり 日野なつめ @natumehino

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