1-009.碧巨人再び

 クプラの前に再び碧の巨人が現れた。

 角張った細長い五角形のゴーグルのような黄色い二つの目に光が灯る。Wの文字を描いた頭の尖がり三つが吹きつける風を切り裂いた。

 新たに顕現した碧の巨人の姿は先ほどのもの少し変わっていた。碧の体に赤い筋が増えている。シルバーと蒼の筋と供に体を走る赤い筋が新たに加わった恵那を表しているようだった。しかし、銀、蒼、赤の並んで流れる筋とは打って変わって残念なことに三人の意志はバラバラ。二人のときほど意志が交じり合うこともない。

 巨体の銀、蒼、赤の三つの筋を光がなぞる。


 貫志、恵那。私は巨体の維持に集中する。戦いは任せる。

 じゃあメインはあいつと戦闘経験のある貫志に任せるぜ。あたしはダメだと思ったらそのつど手を出させてもらうから。

 わかった。


 クプラがこちらに気がついて振り返る。


「キギャアアアアア」


 またお前かとクプラが咆哮をあげた。

 巨体の蒼の筋を光がなぞる。

 碧の巨人はクプラへと向かって走り出す。

 クプラは腕のリーチが短い。そしてティラノサウルス似の体系で重心が前にあって蹴りもできない。代わりに助走のついた体当たりと体全体を使った攻撃が強力だ。だからこそ、距離をつめて動きを抑え、細かな攻撃でダメージの蓄積を狙う。

 クプラの頭に拳で連打を打ち込む。

 一撃一撃が当たる瞬間に拳が光る。タイミングよく拳にマイネン光線を発生させて桐須さんが拳に意思を乗せてくれているのがわかった。意思を放つ光線とは違って拳を意思で包んだマイネンパンチといったところだろうか。

 クプラは逃げるように頭を大きく振り払うが逃がさない。上段蹴りで頭の位置を軌道修正。再び拳で連打といきたかったが相手だってバカじゃない。体ごと身をひねって回転。勢いのついた頭突きを蹴り返すも押し戻される。

 互いに崩れた体勢を立て直す。クプラはその中で勢いのままに体を回した。遠心力の加わった尻尾がこちらに向かってくる。避けられない。出力の安定しないヴィレでは受け止めることも不可能だ。

 合体崩壊の危機を早くも感じた。


 あたしに任せろ。


 この体は意志の強さに引きずられる。桐須さんの声が強く響くと僕は肩の力を抜くように心の強張りを解いた。

 巨体の赤の筋を光がなぞる。

 両手のひらの前に巨体と同じ大きさの一枚の四角形のバリアを精製。右足を伸ばして左足を曲げた深い伸脚の姿勢で身をかがめて、斜面に構えたバリアに迫り来る尻尾を乗せて滑らせる。そうやって尻尾の力の方向を変えて受け流した。そして、尻尾がバリアの上に乗り切ったころを見計らって。


 おりゃあああああああああ


 桐須さんが豪快な雄たけびをあげながら体全体に力を込めて手足を伸ばした。

 前傾姿勢のクプラは後ろの重くて長い尻尾で重心バランスをとっている。その尻尾を思いっきり上に持ち上げられたクプラは案の定体勢が崩れて横に倒れた。


 これぞ湖の騎士ランスロット様直伝の水の流れのごとき受け流し。


 桐須さんの声に、アーサー王の円卓の騎士かよ、と苦笑したら、イエスザッツライト、と反応が返ってくる。

 横倒れしたクプラの背中に馬乗りになり、頭上に何度も拳を振り下ろす。

 クプラの背中が青白く光った。

 警鐘が鳴り響いたときには遅かった。

 放射状のプラズマが発生して吹き飛ばされた。

 半円上のプラズマバリア。組み伏せられたときに身を守るための技はブレスと違い広範囲に分散させて放たれるおかげで攻撃としては威力が弱い。ブレスみたいに強力で持続的ダメージがあったら合体が解けて敗北していた。

 でも合体も二回目。こちらも限界ギリギリ。もう食らえない攻撃ではあった。


 貫志!


 巨体の蒼の筋を光がなぞる。

 桐須さんの叫びに僕は中空に浮かぶ体を着地させるイメージを強く持つ。身体は上空で上半身を振って重心を前に移動。しゃがみ込むように無事に着地した。


 心が重い。心なしか巨人の身体も重く感じる。

 恵那やヴィレの精神的疲労を感じた。

 自然と体が膝をつく。


 くそっ。どうした!?体が動かない。

 ・・・どうやら限界のようだ。やはり三人でもだめなのか?

 何言ってんだヴィレ。ここで諦めたら試合終了だぜ?まだ負けてない!あたしたちが諦めない限りまだ戦えるだろ!ああああああもう、なんで体が動かないんだよ!


 桐須さんが瞬間的に心を燃え上がらせるが僕もヴィレも付いていけない。

 巨人の角張った細長い五角形の目から黄色い光が消える。

 やっぱり駄目なのか・・・・・


 ・・・れ・・・な!・・・が・・・


 二人のものじゃない。声が聞こえた。破壊された街からの断末魔?苦しい嘆きの声は聞きたくない。勝てなくて、守れなくてごめん。

 心が、意志が枯れる・・・


 貫志っ!


 桐須さんの呼ぶ声が響いた。相変わらず彼女の声は感情むき出しだ。こんなときだからこそ頼もしい。おかげで何とか気力を振り絞っていられる。時間の問題かもしれないが・・・


 バカやろう!聞こえないか!この声が!


 ・・・声?


『頑張れ!負けるな!』


 二人以外の声が聞こえる。声の数は徐々に増えていく。


 貫志。聞こえるか?私にも聞こえる。街の人たちの応援する声が。


『頑張れ!負けるな!碧の巨人頑張れ!』


 ああ、聞こえるよ。桐須さん、ヴィレ。

 ほら、聞こえてんじゃないか。

 ああ。僕たちは負けられない!


 体に力が湧いてくるのを感じる。

 巨体の銀、蒼、赤の三つの筋を光がなぞる。

 巨人の角張った細長い五角形の目に黄色い光が灯る。

 再び立ち上がる。

 先に起き上がっていたクプラが視界に入る。

 鉄塔にかぶりついて給電していた。

 こちらに気づくとヨロヨロとぎこちない動きで振り返る。ダメージの蓄積で大分弱っているのがわかった。下手に攻めてこようともせず、こちらを明らかに警戒していた。

 背中が青白く光る。戦いを長引かせないために決着をつけようとしているのが分かる。大きく息を吸い込んだ。背中のコンデンサ板が強く光る。

クプラがプラズマを吐く体勢に入った。


 マイネン光線で対抗してもバリアを張って守りに回っても持久戦で負ける。どうする?

 恵那。何か良い案はあるか?

 任せろ。


 巨体の赤の筋を光がなぞる。

 膨れ上がった桐須さんの意思に主導権を譲ると突然身をかがめて前に向かって飛んだ。前転を一つしてクプラの足元へ。しゃがんだ状態から飛び上がる勢いで立ち上がった。

 頭上へ大きな衝撃が走る。クプラの顎下を見事にヴィレの頭頂部が打ち抜いた。

 夜空を見上げながらクプラが数歩後退。


 ほら、どうよ。

 ナイスだ。あとは任せろ。


 巨体の蒼の筋を光がなぞる。

 僕の心が高揚すると自慢げに声を上げる桐須さんから主導権を返してもらう。踏み込んでクプラの下顎に額を押付けて腕を首に回す。頭を元に戻せず、上を向いたままクプラはプラズマを吐き出すこととなった。


 まだまだっ!


 腕に力を込めて徐々に口を塞いでいく。

 クプラの短い手が抱きついた背中の両脇をひかっくが気にしない。

 口を閉じられて行き場を失ったプラズマがクプラの口の中で爆発。その衝撃を額に感じた。


 いまだ!

 とどめだぜ!


 腕を放してバックステップで後退。

 クプラは頭上を見上げていた。青白く光る口元から煙が上がっている。

 出力の持たない光線なんかじゃ意味がない。ただ一瞬。高出力の一撃があればいい。

 拳に僕らの意思を纏うマイネンパンチだ。

 地面を蹴った。

 クプラに向かって飛び上がる。

 巨体の銀、蒼、赤の三つの筋を光がなぞる。


 これが僕の!

 あたしの!

 私の!


ヴィレ意思ッ!』


 碧の巨人が高らかに吼えた。

 雄叫びと供に打ち込まれたマイネンパンチにクプラのダメージが限界値を超えた。


「キ・・・キギャァァァ・・・」


 苦しそうな泣き声をあげた後。クプラの全身にひびが入り、青白い光が漏れる。まるで映画で見たビルの倒壊のようにクプラの体は小さな爆発を内部で起こして崩壊した。

 崩れ去るクプラを見ながら僕らの意思は同じ言葉を思う。


 勝った。


 街の人々の歓声が聞こえる。

 勝利を示すように直立不動で経ち、緑の巨人は夜空を仰ぎ見た。

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