1-007.欠けていたもの

 桐須さんが突然叫び声を上げた。

 予想外のことに僕とヴィレは固まってぽかんとなる。


「だまって聞いてれば。なんなんだ?もう!なんか怪獣出てきて街壊されて。どう考えても人死んでるだろ。お父さんや利緒、みんなどうなったのかもわからない。だいたい何で突然こんなことになったのかもよくわかんねえ。なのになんか怖くて。分けわかんないまま泣いていじけて。あたしは怖くて。見たくないって逃げてんだぜ?」


 桐須さんは腕を振ってヴィレと僕を指差しながら、


「んでもって。二人は緑の巨人になって戦って。勝手に戦って負けて戻ってきて、そしたら今度はごちゃごちゃ言い合うし」


 感情のままに言葉を発していた。言葉遣い男勝りになっていた。あれが彼女の素だろうか?なんか違和感なくしっくりと来る。頭をワサワサとかき回し。桐須さんは言葉を発する内に気持ちが落ち着いてきたのか徐々にイントネーションが下がってくる。


「一度でも戦った二人にあたしが言うのもおかしいって~のは分かってんだぜ?・・・けどっ!」


 恥じ入るように下を向いて目線は言葉を探すように下を彷徨う。ばつが悪そうに頭をかきながらぎっと刃をむき出しにして歯噛みして再度叫んだ。


「二人ともムカつくっ!お前らムカつくんだぜ!」


 説明できないけどムカついた。怖いでいっぱいだったのに僕らを見てたら、なんか怒りがわいてきてムカついた。要約するとそう聞こえた。

 はたから見たら駄々をこねてわめき散らす子供のようで。言葉が感情そのもの。あまりにも感情的な言葉と様に気圧されてしまった。


「あ~いいたいこと叫んだおかげでなんかスッキリしたわ」


 彼女は腕を広げて体全体で背伸びをする。ちょっと仰け反って胸の丘陵が強調される。女の子だと感じさせる輪郭に彼女が異性であったことを思い出した。

桐須さんは街の方を仰ぎ見て僕のほうへと振り返り、


「あたしのこと気にしてくれてありがとうございました」


 頭を下げてお礼を言った。そこにさっきまでおびえて泣いていた姿はもうない。


「・・・でも。ヴィレ。代わりを探しにいくなら、あたしもここに置いてけ」

「しかし」

「しかしじゃない。あたしたちだって唯で死ぬつもりはないぜ。街から離れたここにいるおかげでまだ生きて逃げられるだろうしな。黒衣の騎士ガーネル様も『人は生きている限り戦いからは逃げられない。行き続けることは戦いだ』って言ってたぜ。だから行きあがいて戦ってやるぜ」


 さっきのように感情のままに叫んだわけでもない言葉も感情的だった。不思議だ。彼女が無関係な人間だと知って、僕の中ではもはや彼女はただの一般人でしかなかったのに。生きて逃げられる。自分と違ってそんな希望的観測まで力強く口にする彼女は赤く色づいて見えた。

 しかし黒衣の騎士って誰だろう?歴史の人物?いや、きっと彼女の好きなアニメか漫画のキャラかもしれない。SFやファンタジが隙って言っていたし。逃げて生き延びた先で聞いてみたいもんだ。不思議と僕は逃げ延びれることを疑ってもいなかった。


「二人の言いたいことは分かった。それでも先を言わせてほしい」


 思えばヴィレにだって言い分はある。頭ごなしに二人の意志を押付けてもヴィレが動くとは限らない。聞くことも必要だ。恵那と僕の無言を肯定と受け取ってヴィレが口を開く。


「二人とも勘違いしている。貫志を見捨てて逃げた時点で私は代わりを探す間に死ぬだろう。すでに私と貫志は一蓮托生。無論いまの恵那の言葉に打たれてしまった時点で、恵那を見捨てても死ぬ。いいや、違うな。二人だけじゃない。この状況を放棄して逃げた時点で駄目なのだと思う。戦わずに逃げて私の意思に反したとき、きっと私は死ぬだろう」


 なんだそれ。不憫すぎるぞ精神生命体イデア。精神だけの存在で。肉体のような物理性がない不確かなものだけに脆いのかもしれない。そんな不老不死は嫌だ。というか戦っても勝てない。逃げたら死ぬだなんて。


「はっ、なんだよそれ。何をしたってヴィレが死ぬんだったらもう手詰まりじゃないか」


 口にしてはいけないのに。僕は思わず諦めを口にしてしまう。

だけど彼女は違った。


「じゃあ、考える必要なんてないな。戦おうぜ!」

『は?』


 ほうける僕とヴィレに桐須さんは気後れもせずにまっすぐに。感情のままに口にする。


「あたしらは戦うだけだ!」


 言い訳なんてさえない言わせないとばかりに彼女はまくし立てる。


「『戦争とは勝てば官軍、負ければ賊軍。それだけの単純な話。結果は正直だ。うだうだ考えず戦え』戦う以外の方法があるなら言えっ!」


 またなにかの作品の引用だろうか?中二病の彼女にとって物語の中にある言葉はこの現代の現実の世界にも有効らしい。こんな状況でも彼女が心を保っていられることを考えるとずいぶんと効果絶大だ。


「ヴィレはどうなんだ?」

「さっきの敗戦を見ただろう。私は撤退を進言――」

「だからそれじゃダメだって言ってんだ。もう考えたってどうにもならないんだってもう分かっただろっ!戦って死ぬのか?戦わずに死ぬのか?二択しかないんだぜ?どっちでも死ぬんなら意思を貫いて死ね!」


 恵那の目から涙が落ちた。物語で心を保っていた?さっきまでのおびえていた彼女を思い出す。怖いって言っていた。

 普通ならあれが当たり前なんだ。

 あれこれ考えて不安におびえて。

 でも彼女は違った。さっき急に叫んだときも、いま戦えと叫んでいるときも。彼女はわかっていて。分かっているからそれじゃだめだと考えることを放棄した。


「あれこれ考えて二の足の踏めないやつにあたしはなりたくないんだっ!」


 思えば彼女はそれが分かっていて考えることをやめて感情だけで二の足を踏んだんだ。


――考え続けて二の足踏めないやつは進めない。俺はそれがいやなんだ。


 大樹?幻聴だろうか?大樹の声が聞こえた。いつのまにか左手が右わき腹に触れている。ああそうか。幻聴じゃない。いまのは昔大樹みたいに意志一つで人助けができないことに腹を立てて泣いた僕に、大樹が言った言葉だ。恵那のおかげでを思い出したよ。そうだね、大樹。僕は二の足が踏めないやつだ。僕はいまもこうやって進めなくなってしまった。ヴィレもどちらかというと感情的にあまり動くやつじゃない。感情の起伏が小さそうだし。

 彼女は僕らにないヒーローの素質をもっている。まるで僕とヴィレにだけで足りない部分を補うためにこの場所にいたようだ。

 そして、僕はあの後に大樹が僕を慰めるために言ってくれた言葉も思い出した。


――でも失敗も多いから、お前がそれをできないんだったら、ちょうどいい。俺の変わりにあれこれ考えてくれ。きっとお前との出会いは偶然じゃない。偶然のような必然はある。なぜなら俺の足りない部分を補える親友がここにいるんだから。


 普通そう簡単に見つかるはずの無い適合する臓器提供者との出会い。必ず成功するとは限らない生体腎移植の成功。なんていうのは建前で、大樹との出会いは必然だった。


 きっとこの三人の出会いも偶然じゃない。


 三という数字は悪くない。三人寄れば文殊の知恵。三人そろえば三本の矢。きっと知恵と力と勇気がそろって進める。ヴィレが力をくれて、桐須さんが勇気をくれるなら、僕は知恵でも搾り出そうか?こんなときなのに自分が知恵だんなて、と自分の考えに笑ってしまう。宇宙の賢者であるヴィレのほうが適任だ。


「貫志は笑っているのか?」

「大丈夫か?追い詰められすぎておかしくなったか?」


 ヴィレの困惑した声。桐須さんの僕を心配する声が心地いい。

 僕は空に浮かぶ淡い碧色の光を仰ぎ見る。そしてヴィレの言ったことを思い出す。

――戦わずに逃げて私の意思に反したとき、きっと私は死ぬだろう。

 逃げたら死ぬ。そんな数奇な運命を背負ったヒーローがいるのなら僕は一緒に戦うよ。



「大丈夫。それよりもヴィレ。適合できる人間に制限があるっていっていたけど。大樹以外の不純物の混ざった僕とも合体はできた。つまり相性が悪くても僕以外の人間とも合体できるということだよね」

「確かに相性が悪いとすぐに分離してしまうが、誰とでも合体はできる」


 それを聞いて僕の意志は決まった。


――貫志。お前の意思を示せ!


 大樹の幻聴が聞こえてビューと急に風音に消えた。

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