1-006.敗北
目を覚ますと頭上で碧光の塊が僕を見下ろしていた。
「僕は死んだのか?」
「いいや、死んではいない」
そうか。左腕で視界を塞ぐ。瞼に自分の腕の感触。まだ生きてるんだ。
不思議と心は落ち着いていた。
なんだろう?とても大事なことを忘れているような・・・思い出せない。誰かにさっきまで会っていて押し返された気もするけど。記憶はクプラとの戦いの最後で途切れていた。
「だが、私たちは負けた」
わかっていた言葉をヴィレに告げられる。
「ここは私たちの出会った裏山だ。合体が解けると同時に貫志を連れて撤退してきた。あれからそんなに時間は経っていない」
淡々と伝えられた内容にいまの状況を把握していく。僕が寝転がっているのは草の上で。見上げた空は真っ黒。ヴィレの明かりに星の光が負けていた。視界端に僕のテントと吊るされたランプの明かりが見える。確かにタイムカプセルを埋めた場所に戻ってきていた。
「すまない。貫志は頑張ってくれたのに私の見込みが甘かったようだ」
クプラの咆哮が聞こえた。ヴィレと合体して巨人になっていたときに聞いた断末魔と悲鳴を思い出して僕は起き上がる。体が異様に重く感じられた。立つことができない。
「無理して動かない方がいい。貫志は先の戦闘で精神を磨耗している」
「でもこうしている間にもどんどん人が死んでいく。ヴィレだって聞いただろ」
「
絶句。言葉を失う。ヴィレはつらいとは言わないが、合体をして精神共有した僕にはヴィレがどれだけ苦しんでいるのか分かった。
「ヴィレ。もう一度合体だ」
「いや、また合体してもこのままでは勝てない」
この星の危機に駆けつけてくれたヴィレがいうのなら本当に勝てないんだろう。
「じゃあどうするんだ!」
そう叫んで忘れていたことを思い出す。そうだ。
「羽衣一族の力を借りてどうにかできないのか?」
桐須さんを探して周囲を見渡せば膝を抱えて座りこむ彼女が側にいた。
「それなのだが・・・」
苦虫を噛んだように渋いヴィレの声が僕の不安をはやし立てる。
「桐須さん。羽衣一族とかいう一族の末裔なんだろ。このままじゃ皆殺しだ。力を貸してくれ」
彼女の肩が大きくびくりと跳ね上がる。
ゆっくりと上げられた相貌。彼女は泣いていた。
「貫志。彼女に関しては私の勘違いだったんだ」
「勘違い?」
「貫志が目覚めるまでの間に聞いた。彼女は羽衣一族ではない。ただの平凡な女の子だ」
頭がカッとなって目頭が熱くなる。伝えられた事実に意識がフェードアウトしてしまいそうだった。勝手に期待したのは自分だって分かってた。行き場のない怒りは押し込んだって消えやしない。吐き出すしかなかった。
「ふざけるな。じゃあ、会ったときに言っていたあの言葉は。ヴィレのことを待っていたとか。呼んだとか。なんだったんだよ」
彼女に詰め寄ろうとしたけど立てなかった。腕だけで地面をはいつくばってでも進む。
「街には僕の家族や友達が、桐須さんだってそうだろ」
必死な形相に怖がる彼女。震えながら涙声で口を開く。
「・・・あたし。SFとかファンタジーとか好きで。今日もUFO。宇宙人を呼ぼうと思って山に来たの。そしたら、緑色の大きな光が山に下りていくのが見えたから、宇宙人があたしの呼び出しに応じて来てくれたんだって・・・」
つまり彼女は何の関係も無い電波な人間(中二病)で、UFOを呼びにきたら偶然この場面に遭遇して勘違いしただけの思い込みの強い一般人。羽衣一族でも何でも無いってことだ。
一気に心が折れた。奮起が。感情がまるでない。もう何も感じない。
そうか。これが茫然自失ってやつかな。
もう戦うこともできないや。
「すまない、貫志。恵那も私の勘違いでつらい思いをさせてしまった」
ヴィレは何も悪くない。大樹だったら違ってた。僕に力が足りなかっただけなんだ。
巻き返し不可能な状況。大宇宙中の知恵を溜め込んだ宇宙の賢者と呼ばれる一族のヴィレでも何も思い浮かばなかった。意を決したヴィレは二人にとある提案を告げる。
「貫志。恵那。このままではこの星は滅ぶ。その前に私と一緒にこの星から脱出しよう。君たち以外の人間は滅んでしまうかもしれないが、アニール星人も星自体を滅ぼすことはしないはずだ。そして、いつの日か戦力を整えて戻ってきてこの星を取り返すんだ」
どうでもいい。ヴィレの言葉は僕に留まらず通り抜ける。
「申し訳ないが二人の意志は聞かない。私の独断で連れて行かせてもらう」
ヴィレは光だ。表情も何も無い。
「本気なんだな」
不思議だ。言葉のイントネーションはしっかりと彼の気持ちを伝えてくれる。
「ヴィレはなんで僕たちに。いやこの星の人間のためにそこまでしてくれるんだ」
即答は無かった。ただ考え込むようにしばらく間が空いて。
「私たち
「ヴィレは本当にただ単にいいやつなんだな」
いやな話だ。それじゃ、ヴィレを攻めることもできない。
「そうでもない。どこぞの宇宙警備隊のように宇宙の平和を守るために戦えるだけの力があればいいのだが、我々
それを聞いて思い至る。
そうだ。ヴィレは宇宙規模で見ればとある星の一種族で。その星に大多数いる一般人の一人でしかないんだ。例えるなら一般人の日本人が自分の意思で一人海外に渡ってボランティアをしているようなものなんだ。
「だから本当は。私の力が至らなかったとき、諦めて去る・・・つもりだった」
「だった?」
「私はこの星に来て大樹に出会ってしまった」
「大樹に出会ったのがどうだっていうんだ?」
「貫志にならわかるはずだ。大樹はどういう人間だった?」
わき腹に手を当てる。
「大樹はヒーローだ」
ヴィレが頷いて肯定したように思えた。
「私も夢を見てしまった。もう来る前とは違う。得てはいけない意志を得てしまった。だからこの星を守れずに撤退したとき、きっと私は死ぬだろう」
「死ぬって・・・」
「貫志。遅くなったが問いへの回答だ。命をかけてでも君たちを守る。私の意志でそう決めた」
ヴィレに大樹の姿が重なる。損得勘定はいい訳だ。理由なんて自分の意志一つでいい。昔分け隔てなく人助けをする理由を尋ねたとき、大樹はそう言った。僕はそれを真似しようとしたけど。結局、あれこれ考えすぎてしまう僕はその後できないことにいつしかぐずって泣いたくらいで、いまでもそれができない。あのとき困った大樹が何かを言ってくれた気がするけどいま思い出すことはできなかった。
「今わかったよ。なんでヴィレと大樹が百パーセントのシンクロ率で融合できたのか」
「ふむ?詳しく聞かせてもらおうか」
「ヴィレがヒーローだからだ」
二人は同じだった。何で負けたのかよくわかった。俺がダメだったんだ。三年間自分なりに大樹に近づこうとしてきたけど。大樹と同じヒーローになりきれてなかった。
「私がヒーロー?大樹と同じ」
困惑するヴィレをよそに考える。どうすればいいのかを。
「ヴィレ。僕のことはいい。地球のほかの場所へいってくれ」
「しかし」
「大樹は昔、ヒーローは世界中にいるといった。きっと地球にはまだ大樹のような人間が。ヴィレと百パーセントのシンクロ率で融合できる人間がいるはずだ。ヴィレがいる限り、他のヒーローがいればこの星を救うチャンスはまだある。だから・・・あ、でも」
僕はちらりと横目で桐須さんを見る。
「もしヴィレに余裕があるなら桐須さんだけでも連れて行ってはほしいかな」
きっと納得はしないだろう。でも地球に人間のヒーローはまだいてもヴィレの代わりはいない。ヴィレなくして星を守れない。なんとしてでも説得してみせる。それ以外にこの星を救う方法はないように思えた。桐須さんは精神生命体と人との仲介役に必要だ。僕よりも女の子の桐須さんが付いて行ったほうがいいに決まっている。
「貫志。私は――「むかつくっ!」はい?」
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