1-005.親友との会合

 あれ?

 見慣れた道に貫志は立っていた。

 パトロールで通り慣れた道の一つ。住宅街に面した道は家の立ち並ぶ道で。歩き続ければ大樹の家に辿り着く。

 疑問に思ったのもつかの間。ポンと軽く肩を叩く感触に誘われて振り返る。そして反射的に振り返った先にいた人物に僕は目を見開いた。


「どうした?」

「・・・大樹?」


 慌てて振り返れば貫志のヒーローにして親友の後藤大樹が立っていた。まだ青年になりきれていない顔つきは死ぬ前の大学生よりもっと前、高校生くらいの姿に見える。最後に会った病院にいた頃よりも元気な姿でトレードマークの赤いジャンバーを着ていた。


「おかしなやつだな」


 慌しい僕の様子に首をかしげる大樹。見上げる自分の視線の高さが低いことに気がつく。上げた手や腕、体を見れば小学校中学年のときの自分だとわかった。大樹が病気になって倒れる前。一緒にヒーロー活動をして街を歩き回っていた一番楽しかった頃。もう五年前になるあのころに僕はいた。

 ああ、そうか。僕は死んだんだ。

 思い出されたのはクプラの吐いたプラズマに飲み込まれた最後の瞬間。そこで記憶が途切れている。だから死んだんだと思った。

 ここはあの世とこの世の境目で。三途の川のような場所なんだ。

 大樹が僕を迎えに来てくれた。

 楽観的に捉えて破願して笑う。死んだ先祖じゃなくて大樹が来てくれたことが嬉しかった。


「大樹。三年ぶり」

「なに言ってんだ。毎日会ってるじゃないか」

「・・・そうだった」


 再び会えたことが嬉しいのに喪失感がぎゅっと胸を締め付ける。嬉しくて切なくて。失ったはずの人が目の前にいることが何よりも嬉しいはずなのに。三年分の言いたいことがたくさんあるはずなのに。言葉っていうのは伝えたいときほどうまく出ない。でも口は抑えきれずに歪んで、やった、と笑っていた。そして託された約束を守れなかったことを思い出して、自然と涙がこぼれ落ちる。


「笑いながら泣くなんて。貫志は器用なやつだな」


 困ったように眉を顰めて。


「どうしたんだ?言ってみろ」


 大樹は僕の前にはじめて現れて救ってくれたときのように大丈夫だと示してくれるんだ。

 ごめんと胸にわだかまる感情に握り拳にぎゅっと力を込める。


「大樹から託された約束・・・守れなかった」

「約束?」


 大樹は心底分からないといった顔で首を傾げる。あらぬ方向を見て必死に思い出そうとしてくれている。もしかしてこの大樹は僕の知っている大樹ではないのかもしれない。それに約束をしたのは高校生じゃなくて大学生の大樹だし。そんな不安が過ぎる。なら納得だ。約束を守れなかった僕の前にそんな都合よく大樹が現れるとは思えない。


「どの約束だろうな?」


 返ってきた答えは予想通りのものだった。少し寂しくなる。目の前にいるのは大樹であって大樹じゃないんだ。偽者でもない。僕の中にある一幕を形取った一時の大樹なんだろう。


「そんな顔すんな。俺はたくさんの約束をしてるからな。きっと思い出せないだけだ」


 あ~ごめんな。よりによって親友との約束忘れるなんて、と頭を抱え込む。


「たくさんの約束?」


 ふとそのたくさんの約束が気になった。

 聞きたそうにする僕に、そうだな~、と気の抜けた声で大樹は思い出して語る。


「ほら。前に話しただろ。俺が学んだ古流武術道場の息子なんだけど。小学生のくせにめっちゃ強いやつがいてさ。大人の先輩でも負けるんだ」


 そういえば前に聞いたことがある。ヒーローとしてただ動けるだけでなく、戦える強さも必要だと考えた大樹は実践式の古流武術を学んでいたんだ。僕と年の近いそこの息子が強いんだといっていたのを思い出す。大樹が言うくらいだ。本当に強いんだろう。僕は気になったことをなんとなく聞き返す。


「負けたの?」

「勝ったよ。でもさ。あと数年経って高校生になったら俺より強くなるって思ったんだ。体格もいいし。俺以上に真摯(しんし)に武術に向き合ってるし。伸び代が半端ないんだだよ・・・あいつ。あ、でもよ。簡単に負けるつもりはないぞ。勝てる限りは勝つし、負けてもまた勝てるように俺も努力するしな」


 俺のほうが強い。当然だろ?小学生相手に自慢げに言ってのける高校生の大樹は大人気ない。


「で、そいつとさ。再戦の約束があるんだ。俺に勝つまでやるんだってさ」

「へえ。大樹が褒めるなんて強いんだろうね」

「ああ、戦隊ヒーロー目指すならぜひ仲間にしたいやつだね。ブラックの色を渡してやる」


 仲間にしたいって。評価基準がおかしい。大樹らしいけどさ。


「次の約束だけど。俺よりも行動力もあって思い込みの激しい子がいてさ。女の子のくせにガサツだわ。乱暴だわ。感情の起伏が激しくて押さえ切れないわ。気が強いのなんのって半端ないの。会うたびに『赤ジャン!赤ジャン!』って俺に食って掛かってくるし」

「大変だね」


 大樹がこう言うなんてよっぽどな子に違いない。被害のない僕は他人行儀な言葉を返す。


「ん~。そうなんだけど。いいやつなんだよ。曲がったことが大嫌いで一本の芯の通った強さとやさしさを兼ね備えたヒーロー向きの子でさ」


 またヒーロー仲間が評価基準なのか。呆れながらも思い出す。そういえば会えない日に珍しく疲れた顔していたときがあって、やっかいな女の子に絡まれたとか言っていたことがあったっけ。その子のことかもしれない。


「狂うほどに誰かのために心を割いて全力で行動できる子なんだ。強い思いは力になる。迷いなく信じて進めるのってすごいよな。正しい選択を求めて俺は結構迷っちまう。でも考え続けて二の足踏めないやつは進めない。俺はそれがいやなんだ。二の足踏まずに行動できるあの子に。心の強さじゃ。俺はあの子に勝てる気がしない」

「そんなこといったら大樹よりもあれこれ考えて動けない僕はどうするのさ。大樹は十分二の足を踏めてるよ」


 迷わずに困った人に手緒差し伸べられる強さを僕は持ちえていない。


「ありがとうな。でも失敗も多いから、お前がそれをできないんだったら、ちょうどいい。俺の変わりにあれこれ考えてくれ」

「無責任なこというなよ」

「そうか?俺はお前との出会いは偶然じゃないと思ってる。偶然のような必然はあるんだ。俺はさ。神様がいるのなら、神様はきっと俺の足りない部分を補うために貫志と出会わせてくれたんだと思ってる。俺が出来ることにも限界があるから、貫志にも足りない部分を補ってくれる誰かがいつか現れるんじゃないかな?」


 僕の足りない部分を補ってくれる人か。必要になったら必然と現れるとしたら、それは僕には僕の命を救ってくれた大樹以外に考えられなかった。


「で、その子と勝負してるんだ」

「ああ、未決着の勝負も約束の一つだね」


 というか。大樹の約束は勝負事が多いな。少しあきれ果てる。


「あとは病気の従妹いとこがいるんだけどさ。俺の家系にはたまに短命の人間が生まれるんだ」


 大樹にそんな従妹がいるなんて知らなかった。どんな人なんだろう?従妹なら苗字が違う可能性もあるから探しても会えないだろう。大樹の両親に聞けば教えてもらえるだろうか?


「病名は不明。生まれたときから命を吸われているように急にどんどん弱っていって死ぬんだ。そんないつ死ぬかわかんないような人生怖いだろ?俺は怖い。俺はそんな中でいまでも生き抜いてる従妹に勝てる気がしない。俺は従妹に絶対救ってやるって約束しておきながら、何も出来てないんだ。たまに会いに行ってバカやって少しでも笑って元気になればって思うんだけど。


 最後の言葉に違和感を覚える。何で過去形?


「約束があったんだ。たくさん」


 違和感を覚えて大樹を見上げれば大樹も僕を見ていた。かみ合う視線に僕の中で一つの推測が頭を過ぎる。


「貫志。俺。死んじまった。たくさんの約束守れずに死んだんだ。ヴィレとの約束も守れなかった」


 僕は勘違いをしていた。目の前にいる大樹はだった。僕の妄想でも偽者でもない。だったんだ。

 驚いている僕をよそに大樹は話し続ける。


「ヴィレはいいやつだろ。お前とも気が合うと思うんだ」

「でも大樹。僕は――」


 大樹が僕の言動を手で制す。


「それと貫志。お前は俺との約束を履き違えてるぞ」

「履き違えてる?」

「俺との約束はヴィレと会うことだ。その先はお前に任せた」

「そんな・・・「時間だ」え?時間って・・・・・」


 大樹は僕の胸の真ん中を人差し指で突く。僕の心を示すように。


「貫志。お前の意思を示せ!」


 くるりと身をひるがえして歩き出してしまった。追いかけようと思っても追いかけることが出来ない。走っても僕は前に進まない。遠のいていく背中に目線だけが追いすがる。憧れた。未来を側で見たかった人の背中。

 肩の高さまで上げられた手のひらをひらひらと振っていた。

 遠くにいるのに大樹の声はやけに鮮明に聞こえた。


「貫志。約束を守ってくれてありがとう」

「大樹っ!」

「またな。親友」

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