1-003.なぞの少女と怪獣襲来

「知り合い?」


 突然現れた少女のことをヴィレに尋ねる。


羽衣はごろも一族。昔この星に私の同族が訪れた際、供に戦った人の一族だ。そして大樹と出会うきっかけとなった存在でもある」

「大樹と?」

「そうだ。五年前、この星へ迫る危機を察知した私は先のことを考え、彼らの末裔を捜すためにこの星を訪れた。しかし精神生命体で肉体も持たない私はこの星では異色の存在。捜すには誰かの助力が必要だった。そんなときに出会ったのが大樹だった」


 その言葉が嬉しくて自然と口角が上がる。大樹は底なしのお人よしだった。だけどまさか宇宙人まで助けていたなんて夢にも思わなかった。でもヒーローである大樹らしいエピソードに僕は込み上げる嬉しさを隠せなかった。


「ただ、結局当時彼らには会うことができなかったがね」


 残念そうに言うヴィレ。体があったら肩でも竦めていただろう。


「それでも大樹と出会ったおかげで星を救う算段がついた。私は彼と五年後に再び会う約束をしてこの星を後にしたんだ」


 大樹が僕に託した約束にそんな経緯があったなんて思いも寄らなかった。しかしヴィレと大樹との関係はわかったけど。まだまだ、分からなくて聞きたいことも多い。星に迫る危機とはなんだ?それは本当に僕にこなせることなのか?やけにスケールの大きい話に心がざわめく。不安にさいなまれて危機の正体について早く尋ねたいと思った。


「あなたを呼んだのは私です」

「呼んだ?では五年前我々にメッセージを送ってきたのは羽衣一族だったのか」


 また彼女が口を開く。ヴィレに星に迫る危機について聞きたいのに。口を挟めなくて僕は置いてけぼりになる。


「大樹が死んだと聞いたときはどうなることかと思ったが、大樹の意志を引き継ぐ君に羽衣一族の少女がこのタイミングで現れた。やはりこれは運命なのかもしれないな」


 また、何を言っているのやら。このままではよくない。あまりにも急な出会いと出来事に流されてしまっている。迫る危機のことについてもそうだし。一度状況整理がしたい。


「僕を置いてけぼりにしないでくれるかな?こっちはまだ会ったばかりで事情も知らないんだ。一寸落ち着いて話を――」


 ズーンとした空気を進む波を感じた。途端に周りの木々がガサガサとざわめいて、ドスンッという音と供に地面が大きく揺れた。

 震度五以上の地震かとも思った大きな揺れはすぐ収まる。いやな話。島国で地震に慣れた日本人だから分かる。これは地震じゃない。もっと何かこう。体育館で誰か床で跳ねて着地したときの揺れが大きくなった感じとでも言えばいいのだろうか。大きな何かが大地を跳ねたような衝撃に感じた。

 いや。ばかばかしい。そんな大地を揺るがすような大きな生き物がいるはずない。

 ありえないと自分の考えを否定した。

 突然のことに慌てふためいて一瞬の逡巡が頭の中を駆け巡る。

 出ない答えに言葉を失っていると。


「私たちの敵が現れたようだ」


 ヴィレがそう告げた。

 敵という言葉に反応して。遅ればせながらに。山下の街へと目を向ける。

 本能で悟った震源地には星空を遮る闇夜に立つ大きな影があった。影は山間に立つ送電用の鉄塔よりも大きい。四十五メートル以上身長があることになる。


「あれはアニール星人が星の侵略に使う怪獣の一体だ」


 影が近くにある鉄塔に抱きつくと青白い光を発した。

 青白い光が周りを照らして怪獣の全容が明らかになる。青白く光ったのは昔恐竜図鑑で見たプテゴサウルスの背にあるような角張った板だった。首筋から尻尾まで何枚も並んでいて、離れた場所にいる僕にも怪獣の全身像が把握できた。

 二足歩行の姿はまるでティラノサウルスのようで日本の特撮怪獣映画に出る怪獣を彷彿とさせた。きっとその怪獣のように分厚い皮膚を持ち、ミサイルや砲弾を受け付けない防御力を有しているのかもしれない。


「私の知識が正しければ、あの怪獣は放電怪獣クプラ。大変だ。背中のコンデンサ板が光るのはプラズマを吐く兆候だ」


 クプラが足元に向かって青白い光のプラズマを吐き出した。

 かなりの広範囲に撒き散らされたプラズマ。今が夜でなかったらきっと街が一瞬で跡形も無く溶けるさまを目の当たりにしたんじゃないかと思う。想像するだけでもとても恐ろしい。

 クプラのプラズマが止まった。

 闇に埋もれた瓦礫の中に赤い火の色がちらほら。まだ燃えるものが残っていて赤い 炎が上がっていた。

 生き残りがいるとは思えない。どれだけの人が死んだのだろうか?

 日が昇ったらどんな惨状が広がっているのかと考えることを心が拒否していた。

 ほんの数分の間に起こった惨劇を目の当たりにして。状況を受け入れることができなくて。僕は呆然と眺めるだけだった。


「このままでは街の人間が皆殺しに、いや、この星の生物が根絶やしにされてしまう」


 ヴィレの声に正気を取り戻す。仰ぎ見る淡い碧の光を僕は希望に縋りつくように見る。

 ヴィレはあれが敵だと言った。この星の危機のために来たと言った。

なら。ヴィレならどうにかできるんじゃ?


「君が大樹の変わりできたというのなら一緒に戦ってくれないか?」


 ヴィレは縋る僕の気持ちを叩ききる。


「戦う?僕が?」


 大樹の言葉を思い出す。

――その先の選択はお前に任せる。お前の好きな道を選べ。

 その前の言葉は。

――お前意外に頼めないんだ。他のやつじゃダメなんだ。

 はっ、と薄ら笑いを浮かべて思う。

 バカだなあ、僕は。

 僕は今になって親友が僕に託したものをやっと知った。

 大樹は。唯一無二の僕のヒーローは。

 僕にヒーローとしての力を託していったんだ。


 思いを受け取るように目を閉じて握りこぶしを胸に当てる。

 思い出される唯一無二のヒーローの背中を思い出す。

 胸に約束を。大樹の思いを抱くのを感じる。

 答えは決まっていた。

 ヒーローが相棒に託していった約束を僕は受け取った。


「あいつを倒すには僕はどうすればいい?」

「変身ポーズをとって私に手をかざすんだ。そして私の名前を呼んでくれ」

「わかった」


 僕はポーズをとろうとして。


「変身ポーズって?」


 聞き返した。思わず昔見た戦隊ヒーローを思い出して腕をクロスさせたけど。よくよく考えてみたらそんなものを僕は知らない。


「すまない。緊張をほぐすための冗談だ。大樹に教わった」


 思わぬタイミングの冗談に僕はキョトンと狐につままれたような顔になる。

 ピンチのときほど大樹はよく笑う人間だった。

 宇宙人にまでそれを伝染させたのかよ。


「いいねぇ。ほぐれたよ」


 親指を立てて言う。大樹になった気分だ。

 不思議と少しだけ心に余裕が生まれた気がした。


「さあ、戦おう新しい友たちよ」


 と。いけないいけない、とヴィレが声の態度を改める。


「遅い自己紹介となってしまったが、私のことはヴィレと呼んでくれ。大宇宙内で宇宙の賢者と呼ばれる精神生命体イデアという種族で、君たちの言葉で言うところの宇宙人だ」

「僕は意槌貫志いづちかんじ。貫志でいい。君は?」


 僕は側の少女にも自己紹介を促す。


「・・・私は桐須恵那きりすえな


 ぎこちないのは羽衣一族から見て部外者の僕を警戒しているからのだろうか?


「貫志。私に手をかざして、私の名前を呼んでくれ」


 僕は手のひらをヴィレに向けて彼を呼んだ。


「ヴィレっ!」


 青く淡く光って肉体が透けてはじめる。

 やがて粒子は霧散して貫志は空気中に消えた。

 その意思とともに。


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