第2話 時の抜け殻

久しぶりの登校で少し緊張しているのか、7時にセットしたアラームよりも2時間 早く起きてしまった。まだ朝の5時なのですることがない。


「しょうがないから、散歩でもするかな。」


 起きたばかりの眠い目をこすると大きな猫目がふわっと開く。白いTシャツの上に

 お気に入りの黒いパーカーを羽織り、ぐしゃっとした髪を指を通して整える。階

 段を下りて玄関に置いてある玄関ドアの鍵を手に取り外に出る。


「外ってこんなんだったか。」


 春の少し冷たい風が吹き抜け、黒い膝上のスカートが風に揺られる。

 まだ暗い空を見ながら4月1日に起きた市民ホールでの惨事を思い出す。

 

 つぶやきっずというSNSサイトで有名な片瀬ひなたというシンガーソングライター

 が文化ホールで4月1日にライブをするというので足を運ぶと、そこには老若男女

 問わず200人ほどの人が集まっていた。満席というほどではなかったが、流行が手

 伝い、なかなかの人気があったのだ。

 

「あれ、君は去年おんなじクラスだったよね?」


 思い出しながら煙草に火を点けていると、後ろから突然声を掛けられた。


「えーっと、たしか…みぎわ君?」

「うん! みぎわ 匠真たくま。って忘れかけてたの!?」

「ここで何してるの?」


 どちらともなく歩きだし、二人で会話をしながら歩みを進める。


「何って散歩だけど。君は?みずがしさん。」

「みずがしじゃなくて、水菓子。 

  ね。私は早く起きすぎたから散歩しようと思って。」

「そうなんだ。それにしても災難だったね。もう熱は大丈夫?」

「うん。昨日の夜に治ったみたい。」


 汀は水菓子の手もとの煙草をちらっと一瞬見ると、水菓子は煙草を吸い始めた。


「言いづらいんだけど僕も、あのライブに居たんだ。」

「え?」

「文化ホールでのライブの時に大量感染したでしょ?一斉に発症したあの3日後、

 僕も寝込んじゃった。まあ、始業式には間に合ったんだけど。」


 片瀬ひなたはSNSで人気だといってもサブカルチャーを象徴するような歌手だ。

 汀はあまりそういったオタク文化には興味がなさそうな、クラスでは友達と騒ぐ

 ような男子生徒だ。

 

「片瀬ひなた好きなんだ。なんだか意外かも。」

「あんまり外では言わないようにしてるからかな。そういうのが好きだって周りに

 ばれたくないんだ。」

「どうして?」

「どうしてもだよ。みんなに言ったら馬鹿にされるだろう。」

「そうなんだ。」


 特に興味もないので話を終わらせようとしたが、ある事に気が付く。


「植物に手なんか当てて、何してるの?まさか、植物と心を通じ合わせる。とか?

 汀君って案外ファンタジーなところあるんだね。」

「そうだろ?案外かわいいところあるでしょ。」

「冗談だよ。かわいいのは否定しないけどね。」


 黒髪をふわっとさせたストレートで寝癖がつけたままの髪に目はパッチリ二重。

 爽やかで誰とでも仲良くすることのできる汀は去年の2年3組でもかわいい系男子

 として男女問わず人気があった。


「水菓子さんは、しなかったのか」


 突然の言葉に驚いて汀の顔を見ると、俯きながら真剣な表情をしている。


「それってどう―」

「ちょっと何よ!!!!」


 女性の怒っている声とヒールが地面に強く当たる音が聞こえて前を見ると遠くの

 ほうで女性が背を向けて走っていくのが見える。しかしヒールのある靴だったた

 めか、少し走ったところでつまずいて転んでしまった。


「行こう」


 そう言って駆けだすと、汀も遅れて走り出した。

 歩道にうずくまる女性に汀が声をかける。


「大丈夫ですか。いったい-」

「ちょっと早く追いかけて!!あいつ私のバッグひったくっていったのよ。」


 二人は顔を見合わせて駆け出す。犯人はいったいどこへ。


「こっちだ。」


 汀の声につられて曲がり角を曲がると、女物のバッグを持った男が居た。


「ねぇっ!返しなよ!」

「言っても無駄だ。」


 汀はそう言いながら駆け出し、相手にタックルをかける。すると男は体勢を崩

 し、地面に倒れる。あまりの決断の速さにぼうっとしていた水菓子もあわてて駆

 け寄り男からバッグを奪い取ろうとする。しかし男の力が強くなかなか取り返せ

 ないでいると、女が走ってきてバッグをすごい力で引き抜き取り返したバッグで

 男を殴る。


「うわあああああああ」


 男が出した急な大声に3人が驚く。一瞬力が抜けたその隙を男は見逃さなかった。

 走り去る男。驚いて固まる水菓子。ふと我に返る汀。響くサイレン。

 通り過ぎる自転車。自転車から警察官が降りて男を地面に倒している様子が

 スローモーションで駆け抜ける。


 警察官には怯ませる攻撃が効かないようだった。


「ありがとうね本当に!!」


 白いスーツに包まれた豊満な果実が目の前に2つ現れて水菓子は我に返る。


「いえ、大丈夫ですよ。それよりお怪我はないですか?」

「うん!大丈夫みたいね。私急いでいるからこのまま行くけど、せめてものお礼に これをどうぞ。」


 女性はグーで握りしめていた手を水菓子の手のひらに乗せて握らせる。


「ほんとうに、ありがとうね!!」


 そう言って女性は急いで去って行ってしまった。水菓子は手を開き、見るとそこ

 にはカラフルな紙に包まれた棒付き飴が4つ置いてある。それを見た汀が、


「これ知ってるよ、某テーマパークの飴だよね。封を開けて中身をみてみて。」


 言われた通りに封を開けるとそこには某キャラクターの形に成形された2色の飴。


「かわいいねこれ。お土産だったのかな?」

「いや、スーパーで売ってるのを見たことがあるから、彼女は好きで持っていたん

 だと思うよ。」


 そうか。煙草の代わりに飴でもなめようかな。

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走ったって、変わらないんだこの世界は 赤星るい @lollipop-cute

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