見えない何かにぶつかって
ニョロニョロニョロ太
序章らしきもの
こんなことになった原因は、自分だとわかってる。
こんな結果も、最悪の結果に比べたら、断然いいこともわかってる。
それでも、―――
遅刻。完璧に遅刻。
電車を3本乗り損ねた時点で、1時限目に間に合わないのは確実。
ここで人は2種類に分かれるらしい。
1つは、どんなに急いでも遅刻になるなら、と開き直って、自分のペースで行く人。
もう1つは、間に合わないとわかってるけど、急いで少しでも早く着こうとする人。
私は、後者だ。
通勤通学ラッシュを過ぎて人の少ない電車の中で、クラウチングスタートの準備をしているJK。つまり、私。
これで急ぐ気がないように見えるのなら、私はもうどうしようもない。
神経を目の前の扉に集中する。
電車が止まり扉が開いた瞬間が勝負!
3……、2……、1……、GO!
開きかけの扉をすり抜け、人混みをぬって走る。階段を2段飛ばしで駆け下り(落ち?)、改札を勢いのまま通過!駅を出て、道路に出た。
途端、しまった、と思った。
駅から学校までの間には、押しボタン式の信号がある。その信号の反応が遅いのなんの!
どうしよう。と思っている間に、信号の前についてしまった。
一応ボタンを押すけど、すぐに変わらない。
連打しても、長押ししても、変わらない。
ああ、この時間がもどかしいっ。
車なんて1台も通ってないのに!
車なんて、1台も。
そう。ラッシュが過ぎたからか、今、この交差点に車は1台も通っていない。
……今なら、渡ってもよくね?
いや、赤信号が止まれを示してるのは知ってるよ?
でも、それは事故に遭わないため、身を守るためであって、車がない今、意味はない。……はず。
ならいいよね。と決断するまでの停止時間は1.5秒
車が来ていないか、ついでに周りに人がいないか確認。(人に見られると、なんとなく罪悪感があるから。)
よし。車も人もいない。
渡るなら今。
「エイッ。」
と掛け声をかけて、無人の交差点に駆け出した。
無人だった。人も車のいなかった。
のに。
私は、何かに轢かれた。
数メートルだか、数十メートルだか吹っ飛んだあと、地面に叩きつけられた。
何が起こったのか理解できないまま、意識は遠のいていって。
その意識の端で、鈴の音と、誰かの声を聞いた気がした。
「おい、全然目ェ覚まさへんやないか。
ほんまにうまくいったんやろな?」
大きなガラガラ声で意識が戻った。
その荒い声にかぶせるように、
「シ―――ッ。
静かにして!」
柔らかい声が慌てて静める。
チリンと鈴の音がなってから、
「一応、できることはしたよ。でも、政府に秘密で出来ることは限られてるから……。」
言いよどんだ。
「頼りないなぁ。
これでこいつが死んだままになったら、えらいことになるんやで!?」
「僕だって、それはわかってるよ。」
「ええい、まだ目ェ覚まさんのやったら、強硬手段や。
たたき起こすで!文字通り!」
「それはだめだよっ。手を下ろして!
そんなことして魂が抜けたらどうするのさ!」
「そん時はお前がなんとかしたらええわ。」
「またそうやって、僕に押し付けるんだからっ」
静かに、といった割に、ずいぶんにぎやかに言い合いをする2つの声。合間に、小さな鈴の音も聞こえる。
何を話しているのか、さっぱりわからない。
話の内容も、なんでこんなところにいるのかも。
とにかく、起きよう。
このまま寝ていると、身が危険だ。(ガラガラ声に叩かれる。)
そう思って、ゆっくり起き上がると、言い合いが止まった。
目の前には、目と口をまん丸に開ききった、男性がふたり。
1人は、薄い色の髪を肩まで伸ばした優男さん。前髪が目元にかかってうっとうしそうだが、イケメンだからか、よしと思う。
もう1人は、黒い短髪のところどころにメッシュを入れている。ごつごつした顔つきと、ぎょろっとした目で、本来よりも年上に見える。
ふたりとも、半袖と袴を着て、長く伸ばした一束の髪に鈴をつけている。
寝てると思ってた話題の的が何の前触れもなく起き上がるんだから、そりゃ驚くよね。
とりあえず、「どうも。」と挨拶をする。
すると、優男さんの方がハッとしたように、
「ああ、はい、おはようございます。」
と柔らかい声で返してくれた。
続いて短髪の方も、
「お、おはよーさん。
……なんていうと思うか!?
大失敗やないか!」
ガラガラ声で叫び、私を指さした。
違う。よく見ると、指先と視線は、私じゃなくって、私の後ろを向いている。
気になって、指されている方向を振り向いてみると、そこには。
白い布を顔にかけられた、少女が寝ていた。
特徴的なお団子ヘア。半袖のセーラー服。
これは、 私だ。
「……ッ、はぁぁぁぁぁ――――――――――!?」
「い、今、耳がキーンとした……。」
「サイレンか……!? サイレンなんか、こいつの声は……!?」
優男と、ガラガラ声が耳をふさいで、悶えているけど、そんなこと関係ない。
落ち着け、私。
布をめくると、別人だった!なんていうパターンだ、これは。
そーッと、白い布を持ち上げると、ブッッッ細工な寝顔。
「なーんだー。やっぱり私じゃないじゃーん。」
「お前やで。」
ガラガラ声が口をはさんだ。
「いや、顔のパーツとか、配置とか、全く同じだけど、こんな白目向いて、口からなんか垂れてるような寝顔、私がする訳。」
「お前やで。」
今度は即答された。
「ま、まあ……、友達にとられた寝顔写真にそっくりだけど、―――」
「お前やで。」
今度は言い終わる前に。
「てかお前、寝とるときは毎回死に際の顔しとるんか。不細工にもほどがあるやろ。」
「なんですってぇ―――ッ!?
大体、これが私だったら、なんで私がふたりいるのよ!」
やけくそで叫ぶと、ふたりがまた素早く耳をふさいだ。
どうやら私の声には、人の耳に障るものがあるらしい。
「えーと、どこから話したらいいんでしょうか。」
優男さんが頭をトントンしながら話し出した。
「まず、僕は
僕たちは、黄泉霊柩自動車協会のものです。」
優男さん、改め09さんが、ガラガラ声男、改め90を指す。(90は失礼だから、さん付けしない)
「別に、名乗らんくてええやろ。クレームつけられたら、どないすんや。」
90がまだ頭をふりながら、口をはさむ。
「あー、耳いた。
そんなんより、重要なんはこいつ自身のことやろ。」
「こいつ何て名前じゃないし、ゐゑんだし。」
「いえん?」
「ゐゑん。」
「発音しづらい名前やな。」
……やっぱり、こいついけ好かないわ。
しぶしぶ、足を見ると。
太ももから先に行くにつれて、薄くなっていて。足の先は、空気に溶けてなくなっていた。
「な、何これぇ―――――ッ!!」
キーン、と裏返った声が09さんの耳を刺した。
危ない、イケメンを失神させるところだった、なんて思う余裕は、残念ながらなかった。
「何よこれッ!私、私死んだの!?」
「ゐ、ゐゑんさん、もうちょっと声量を下げてください……。」
09さんは、床に突っ伏したが、90はダメージ0のようで。
「うるさいな、サイレン女。黙って聞いとけ。」
「私はサイレンじゃないっ!」
「ほんなら、レバー頭や。どこ操作したら黙るか教えろ。」
「レバーじゃない!お団子!」
「せ、説明してもいいですか……?」
復活した09さんが恐る恐る手を上げる。
しまった。まんまと不毛な言い合いをさせられてた。
私が口を閉じると、90も何も言わなくなった。
「僕らの主な仕事は、こちらでお亡くなりになった方の魂を、黄泉、つまりあの世に送り届けることです。
僕らも、この霊柩車も、黄泉のものなので、普通の人には見えません。
そのため、まあ、……ゐゑんさんにぶつかってしまったんです。」
「ちょっと待ってください。
そっちから私の姿は見えていたんでしょう?なのになんで事故が起きたんですか。」
すると09さんは申し訳なさそうにため息をつき。
90はあきれたように鼻で笑った。
「そんなん、赤信号やのに渡ってくるお前が悪いんとちゃうか。
こっちは信号も法定速度も守って走っとったんやで」
あの世の車が信号も法定速度も守るって、なんかシュール。
「まぁ、そうだけど……。
あの世の車なら、空中を走ればよかったんじゃないですか?」
「地面の方が安全なんや。普段はな。」
そう言われると、いや、そういわれなくても、相手だけが悪いとは言えなくて。
「じゃあ、なんで私が今、こんなことになってるのか、教えてもらえますか。」
09さんがうなずく。
「実はあの事故で、ゐゑんさんは即死でした。
ですが、黄泉のものが、こちらのものと接触することは、あってはならないことです。まして、事故死させるなんて、もってのほかです。
なので、即急に処置し、上手くいけば、元通りになる手はずだったのですが……。」
「上手くいかなかった、と。」
つまり、死んでしまったわけだ。
「いえ、元通りにはなりませんが、死だけは回避できます。」
え?
「どういうことや?」
90理解できていないようで、09さんを向いた。
「ゐゑんさんの足を見て下さい。」
足。太ももから先が、空気に溶けたようになくなっている。
「よく見ると、ゐゑんさんの霊体の先が、本体につながっているでしょう?
完全に死んで本体と霊体が分かれた場合、本体と霊体がつながることはないんです。」
「ほんならこれは、幽体離脱っちゅーやつか?」
90の言葉に09さんがうなずいた。
「それって、私は生き返れるってことですか!」
思わず大きな声を出すと、二人が慌てて耳をふさいだ。
スルーして続ける。
「戻せるのなら、戻してください。お願いします」
頭を下げる。
「もちろん。僕らの不注意が原因ですから。
ただ……。」
「ただなぁ……。」
90が口を濁らせた。
「その代わりと言っちゃなんなんやけど、今回のことは誰にも言わんといてくれんか?」
「これが政府にばれると、クビどころじゃ済まないんだ。」
「「どうか、この通り!!」」
09さんと90が同時に、勢いよく頭を下げた。土下座。
そのまま、微動だにしない。
あ、私、この空気に耐えられません。
「わ、わかりました。誰にも言いません。」
「ほんまか!」
「よかったぁ!」
パッと顔を上げたふたりは、安堵が見て取れるくらいの表情で。
09さん、イケメンだ……。
「ゆーたからな。絶対やからな。」
厳しい声で念を押してくる90。わかった、わかった。
「それじゃあ、早速ですが、失礼します。」
09さんが、よいしょと立ち上がり、腕まくりした。
本体に戻るって、どんな感じなんだろう。
なんて身構えるより先に、09さんが私の額をトンと強く押した。
もう一度目覚めると、本体と起き上がれるようになっていた。
ああ、愛しきわが体!
90に起こされた際に額をたたかれ続けて、真っ赤になっているのも、今なら許せる。
私はふたりの行為から、学校の屋上におろしてもらった。
「本当に、ありがとうございました。09さん。」
「いえいえ、このくらい、当然です。」
ぺこりと頭を下げると、09さんもお辞儀し返してくれる。エンドレスループ。
「お前ら、いつまでそんなことしとるんや……。」
少し遠くで90のあきれた声が聞こえる。無視!
「おい、09。車の準備できたで。」
90が声をかける。
09さんはそれに返事をしてから、
「それでは、ゐゑんさん。気を付けて。
さようなら。」
丁寧に礼をして、霊柩車に乗り込んだ。
最後まで、イケメンだ……!
霊柩車が目の前をすっと動き出そうとした直後。
「おい、ゐゑん。体、落っことしたらあかんぞ!」
「え?」
聞き返したけど、もう遅い。霊柩車は滑るようにそれを走っていった。
体を落っことすって、どういうこと?
と思った途端、足元でゴツン、と何かがぶつかる音がした。
いやな予感がする。というか、それしかしない。
恐る恐る、足元を見ると、そこには。
倒れている私と、そこにつながる揺らめいた手足。
……また、幽体離脱してる……。
こんなことになった原因は、自分だとわかってる。
こんな結果も、最悪の結果に比べたら、断然いいこともわかってる。
それでも、―――
「09ッ、90ッ、戻って来――――いっ。
元にもどせぇぇぇぇぇっっ!!」
こんな体質、たまったもんじゃない!
見えない何かにぶつかって ニョロニョロニョロ太 @nyorohossy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます