第1章16話 「愛情の証明」

あらすじ

がっつりシリアス。ここらで糖分補給


短めですみません。

―――――


「暦はいい子ね」


 母親は叱りつけるとき、最後に決まってそういった。

 温かく笑って、頭をなでて呟くのだ。何度も。何度も。


「謝れるというのはきちんと悪いことだとわかっているから。だから暦はいい子なのよ」


 そして、もしもと続けた。


「それがわからなくなって。思いも込めずに謝るようになったらそれは悪い子よ。わかったかしら?」


 幼い暦には半分もわからなかったけれど、思い切り頷いてわかった、と答えた。

 そんな姿を見て母親はほほえましげに頭をなでる。


「暦はいい子でいてね」


「うん!」


 それはおぼろげに残る記憶の残滓。

 六堂院暦が、六堂院暦たりえるための思い出。

 だれよりも愛しい人への想い出。


 そして「悪い子」にならないためのきっかけだ。






 ある日、父親が壊れた。

 ふとした拍子に、ぼろぼろと。

 たとえば、風化しすぎた塗装のように。


 理由といえば、それはもう複雑怪奇で、暦には理解が及ばない。

 けれど、これだけはわかった。


「わたしはいい子でいなくちゃならない。悪い子ではいけないんだ」


 つよいひとは壊れてしまった。

 あたたかいひとは壊されてしまった。


 だから。


「わたしはこわれちゃいけないんだ」


 特殊な家だということは暦にもわかっていた。自分が普通でないことも、薄々はわかっていた。結局、最奥の秘密いのうはわからなかったけれど、違うことはわかっていたのだ。


 外に出なければいい、ではなく。

 家にいなければならない、と決意したのは父親が壊れてすぐだった。


 母親はもういない。

 父親はまだ自分を愛してくれている。


 だからわたしも。


「お父さま。わたし、お父さまが大好きよ」


 愛さなければならない。愛し返さないといけない。

 そうやって教わったのだから。






 父娘はお互いに愛し合っていて、それは傍から見ても歴然で。

 まがいものじゃない。

 うそでも、幻想でもないし、ニセモノであっていいはずがない。


 だってアカイロがそういっているでしょう?

 生まれてからずっと結びついているアカイロが。






 好きを知らず、恋を知らない少女はけれども愛を知っている。

 愛だけは教えてもらったから。

 支え合ういびつな父娘の愛はずっと証明され続けてきたのだから。






 大丈夫。

 きっと、大丈夫。


「わたしがいれば、こわれてない」


 直っていないことを知りつつも、少女はずっと思い込んできたのだ。

 甘く、とろけた愛を知っているから。

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アウターレコード 真鍋仰 @manabe-kou

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