Ex terminis

ニョロニョロニョロ太

エピソード+

 高校卒業から大学入学までの期間は、なんて呼ばれるんだろう。

 ただし、卒業式後でも、三月三十一日までは高校に在学しているとされるらしい。

 大学は、入学式に出て、大学長から「入学を認める。」という文言を賜ってから、初めて大学に入学したことになる、らしい。それまではまだ、入学許可された、というだけなんだそうだ。

だから正確には、四月一日から、大学の入学式までの間。

高校生でもなく、大学生として認められてない、数日の間。

僕は誰のものなんだろう。




『Ex terminis』




「我が弟、夢斗よ! 冒険に行こう!

 おばけトンネルの向こう側は異世界につながってるんだ!」

 四月一日。姉さんの声で目が覚めた。

 二段ベッドの上から逆さにぶら下がっている、姉さんが視界に入る。

 器用に下半身だけで体を支えているのだ。

「嘘つけ。」

「なんだと! 

今まで、おねえちゃんが弟である夢斗に嘘をついたことがあるか!?」

「胸に手を当てて考えてみるといいよ。」

 言う通りに、自分の胸に手を当てて目を閉じる姉さん。

 一、二、三秒。

「無いな。」

「それが嘘だよ。」

 もしくは、記憶容量が少なすぎて、本当に覚えてないか。

「おねえちゃんが夢斗に嘘をついたことなど、一度もない!

おねえちゃんだからな!」

「嘘をついてバレなかったこと、の間違いじゃないの」

「……そうともいう。」

 よく分かってないくせに、決め顔。

 指を鳴らそうとしたみたいだが、鳴っていない。

 二、三回、チャレンジしていたが、諦めた。

「とにかく、夢斗よ。本当なんだ!

 タケシが言ってた!」

「誰だよ、タケシ。」

「タケシはタケシだよ。この前公園で初めて会って、遊んだんだ。」

「その信頼、どこから来た?」

「おれはのどから」

 風邪かな?

「じゃあおばけトンネルだって、タケシと行けばいいだろ。」

「いやだ! 夢斗と行きたい!」

「なんで。」

「小学生のタケシでは戦力不足。」

「タケシ小学生かよ。」

 余計にどこから来た、その信頼。

「そもそも、なんで僕を誘うの?

 いつもは1人で行くなり、友達誘うなりしてるだろ。」

 戦力が欲しいなら、僕より小学生の方が適任だし。

「だって、おねえちゃんも夢斗も、今日から高校生じゃなくなったろ。

 だけど大学生でもない。

 自由だ!

 だから、一緒に冒険がしたい。」

「“自由”から“冒険”に結び付く過程が分からないな?」

 それに、確かに大学生ではないけど、何か問題行動をしたら、入学取り消しになる。それは避けないといけない。

「なんだよ。行こうぜ。

 絶対楽しい! おねえちゃんが保証する!

行かないって言っても、引きずってでも連れてくからな!」

 死んじゃう死んじゃう。

「別に、行かないとは言ってないよ。」

 僕は二段ベッドの天井に頭をぶつけないように、体を起こして眼鏡をかける。

 顔を赤くして満面の笑みの姉さんがはっきり見える。

「ホントか!? じゃあ行こう! 準備はできてるんだ!」

 姉さんが上に引っ込む。

 ちなみに、ここまで姉さんはずっと逆さづりの状態だった。

 だから、姉さんの顔が赤かったのは、嬉しかったからではなく、頭に血が上って(下りて?)いたからだ。




 三年前にも同じことがあった。

 中学生じゃなくなった四月一日。

 同じように姉さんが二段ベッドの上から頭を出して、

「我が弟、夢斗よ! 冒険に行こう!

 子分山の向こう側に、“ナニカ”があるんだ!」

「“ナニカ”ってなんだよ。」

「知らん。リョウヘイがそう言ってた。」

「誰だよ、リョウヘイ。」

 子分山というのは、県境の山に付き従うように並ぶ二つの山の、大きい方。小さい方は下っぱ山と呼ばれている。(もちろん正式名称ではない。)

 その子分山の向こう側、親分山との間に、“ナニカ”があって、それを探しに行く、というのが姉さんの提案だった。

 その時も、同じように「自分たちは今自由だから」と言って、僕を連れ出した。

 僕も、どうせすぐ帰ってくるから、なんて、その時は好奇心が勝ってついていった。

 結局、そこにあった“ナニカ”を冒険するのに夢中になって、“自由”な期間終わるギリギリまで、家に帰ってこられなかった。

 今ではいい思い出だ。




「姉さん、かのんさんは来るの?」

「もちろんかのんも来るって! 引っ越しの準備もだいたい終わってるらしくて、一回Q市を見て回っておきたいからって。」

「おばけトンネルを見納める意味はあるのか?」

かのんさんは、姉さんの親友で、この春から県外の大学に行くために県外に引っ越すそうだ。

高校生の時から、僕たちとは違う市外の高校に通ってた。

 その時も、小中とほとんど変わらない面子で過ごしていた僕にとって、「今までとこれからは変わらないものだ」なんて確証もない考えが否定された気がするのに。

「もうかのんとは遊べなくなっちゃうの?」

 かのんさんの志望校を聞いた時、姉さんが言った言葉に、ハッとした。

「別に、二度と会えない訳じゃないから、遊ぼうと思えば遊べるでしょ。」

「そうだけどさぁ」

 僕のツッコミに姉さんは口を尖らせた。

 言っておきながら、なんとなく、そういうことじゃない。というのは分かっていた。

 学校帰りに買い食いをしたり、寄り道をしたり、当日にいきなり呼び出してから、何するか決めたりするような。

 そんな風に、特別じゃない、明日もできる遊びができなくなる。ってことなんだと思う。

 その時、何を思ったかはもうちゃんとは覚えていないけど、高校進学の時よりも、もっとはっきりと明白に、“別れること”の事実を感じたんだと、思う。




 僕は、市外だけど家から通える範囲の公立大学に進学することになっている。

 母さんからは、「私立でも国公立でも、夢斗が行きたいと思うところに行ってほしい。」と、何度も言われていた。

 だけど家の収入的に、私立や県外は厳しいことは知っていたし、何より僕はこの街が好きだった。

 姉さんは、大学には行かない。

 元々勉強嫌いの姉さんが、高校に入学できたことでさえ奇跡みたいなものだったから、予想通りだった。

ただ、姉さんの口から「働く」という言葉が出てきたときは、椅子から転がり落ちるほど驚いた。

「てっきりニートで、この辺りを牛耳るのかと思ってた。」

 と僕が言うと、

「お前のガクヒを稼ぐんだ! おねえちゃんだからな!」

 と言って姉さんは胸を張った。

 姉さんは中学生の時から変わらない。

 もっと言うと、小学生の時から、ずっと、幼稚で、わがままで、バカで、無邪気で。

 皆が毎日ある小テストに「生きていくのに必要ない」と嘆いている中で、一人だけ、好きなだけ公園で遊んで、疲れたらご飯を食べて寝るだけで生きていけると本気で思っていた。

 高校生になって、周囲が「現実的に」とか「子供のころは」とか言う中で、姉さんだけは子供のままだった。

 遊んでいた友達が次々に大人に引き抜かれていく中で、一人だけ変わらなかった。

 だから「働く」という言葉が出た時、失敗したと思った。

 だけど「働くなんて大人みたいでかっこいい。」とか「おねえちゃんだから!」って言ってるのを聞いて、ほっとした。

 僕は姉さんが子どものままなことをバカだと思っていたし、それを守りたいとも思っていた。




 おばけトンネルは廃線となった旧鉄道のトンネルだ。(もちろん正式名称ではない。)

 元々Q市のはずれは整備が行き届いていない。

 それはおばけトンネルも同じ。

 廃線になったのは僕らが生まれるより前だが、旧線路もそれを囲うフェンスも撤去されずそのままだ。

 もう少し小綺麗であれば、廃墟マニアに人気が出ただろうが、雑草は生え放題で線路があるのさえ分からない。

「夢斗、かのん。ここだ、ここ」

 いち、にぃ、さん、しぃ、と端からフェンスの柱を数えていた姉さんが、目当てのフェンスの足元を指さす。

雑草をかき分けると、隠れていた部分はフェンスが破れて通れるようになっていた。

始めに姉さんが器用に狭い穴を通り抜けた。

その次にかのんさんが通って、僕だけがリュックをフェンスに引っ掛けた。

「あらぁ、夢斗君大丈夫?」

「夢斗、お前……。太ったか?」

「違う! リュックが引っかかっただけだ!

 僕のリュックがパンパンなのは姉さんの持ってきたお菓子のせいだからな!」

「お菓子ではない。食糧だ。」

「そういえば理美先生、バナナはおやつにふくみますか。

持ってきちゃったわ。」

「バナナは食糧だ。問題ない。」

「あらぁ。それならベビースターも買えばよかったわ。」

「あの、それよりも助けてもらってもいいですかね」

 フェンスは錆びだらけで、姉さんが力任せにリュックごと僕を引っ張っただけで救出は完了した。

 僕は引き回されて顔がスリ傷だらけになったが、眼鏡を死守しただけマシだと思いたい。

 トンネルも案の定、ヒビだらけで、立ち入り禁止のテープははがされてぶら下がってる。

「おばけトンネルと呼ばれるだけあって、不気味だな。」

「なんだ、夢斗? 怖いのか?」

「いや、僕はおばけとか幽霊とか信じてないから。」

「でもほら、いかにも何か出そうじゃない?」

「安心しろ、かのん。夢斗。出てきたやつは全部おねえちゃんがぶっ倒してやるからな!」

「霊体に物理は通じないと思うけど。」

「あの穴とか、ムカデが出てきそうじゃない?」

「あれ? 虫の話だった?」

「なら穴に突っ込む用の木の棒を用意するか。」

「いらない、いらない。姉さん、それいらないから。」

 かのんさんは天然な上、珍しく姉さんと波長が合ってしまうせいで、なかなかブレーキが利かない。

 僕は懐中電灯、姉さんは手ごろな木の枝、かのんさんはポッキーを右手に、トンネルに入った。

 とはいえ、進むにつれてだんだん暗くなるだけで、何か出ることも無かった。

「このまま歩き続けたら、異世界に着くのか?」

「隣の県だろ。

 あれ?」

 懐中電灯なしでは真っ暗になるくらい歩いたところで、トンネルが塞がっていた。

 人為的に塞いだのではなく、老朽化で崩れたようだ。

「あらぁ、行き止まり?」

 隅々まで光を当てるが、通れるような隙間はない。

「みたいだね」

「いや、このどこかに異世界に通じる扉があるんじゃないか」

 姉さんが木の棒で瓦礫をつんつん突く。

「いや何もないだろ」

「あ!」

 と、かのんさんが目の前の瓦礫を指さした。

「これは? なんだか怪しくない?」

 かのんさんが指さした先には不思議な模様があった。

「ただの落書きでは?

……ん?」

 近寄って照らすと、少し違和感を覚えた。

 模様は瓦礫の上下に関係なく書かれている。だから崩れた後で書かれたものなのだろうが、傷や汚れを無視している。

 まるで浮かび上がったような。

「確かに怪しい」

「でしょ?」

「ん? 何か見つけたのか?」

 三人顔を寄せあって、その模様をまじまじと眺める。

 試しに指先でなぞってみる。

 と、だんだんその模様が発光し始めた。

「な、なにこれ……」

「誰か来る。隠れろ!」

 姉さんが僕とかのんさんの襟首を掴んで瓦礫の山の一つに身を隠した。

 懐中電灯を消しても十分に周りが見えるほど明るくなる。

 僕らは団子三兄弟よろしく、影から覗くと、模様のあたりは光が漏れる大穴が開いていた。

 そこから現れたのは、一人の少女と若い男性。

 二人は聞き覚えのない言語で一言二言話して、世界観の違う服装を一瞬で現代日本風に入れ替えた。

 それから楽しそうに(男性は少しげんなりしているようにも見える。)話して外に歩いて行った。

「い、今のは?」

 僕とかのんさんが顔を見合わせていると、またしても姉さんが僕ら二人の襟首を掴んで、大穴に走って行っていた。

「行くぞ! 異世界だ!」

 大穴が閉じきる前に、引きずられながら僕らは異世界へ飛び込んだ。




 誰のものでもない期間に、誰のものでもない僕たちは、誰のものでもない世界に飛び出した。

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Ex terminis ニョロニョロニョロ太 @nyorohossy

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