第38話:東雲勇介は頑張る<最終話>
俺の方から伏見京香に告白をする。
そう心に決めて、公園まで二人で来た。
ベンチに座った伏見の前に俺は立って、『さあ今から告白するぞ』と意気込んだものの……
なかなか告白の言葉が口から出てこない。
「あのさ、伏見」
「な、なに……?」
「えっと……今のうちに言っておきたいって話なんだけど……」
「う、うん……」
伏見はごくりと唾を飲み込んでる。俺がいったい何を言い出すのか、コイツはどんな予想をしてるんだろうか?
早く言わなきゃ…… 『おれは、ふしみが、すきだ』たかが10文字じゃないか。何をびびってるんだよ、俺は。
「俺……俺……」
「オレ、オレ……? ……詐欺?」
「いや、オレオレ詐欺じゃない」
「あ……そうなのね」
ああっ、もうっ!
こんなところでポンコツなボケをかますのはやめてくれ!
……あ、いや。なかなかハッキリ言い出せない俺が悪いんだ。伏見のせいにするのはやめよう。
「あのさ、伏見。俺は……」
そこまで言って、また固まってしまった俺を、伏見は優しい目つきで見つめてる。言葉の続きを待ってくれてるんだ。今日の伏見は、ホントに素直で優しさに溢れている。
そんな伏見を前にして、でも俺の口からは告白の言葉が出てこない。
「あの……勇介君?」
あまりに俺が苦しそうにしているのを見かねて、伏見が優しい口調で口を開いた。
「じゃあ私の方から、先に言いたいことを言わせてもらっていいかな?」
「えっ……な、なにを?」
「あのね、勇介君……」
伏見の顔は真っ赤だ。その顔をちょっと伏せて、伏見は上目遣いで俺を見てる。
そして少し唇を震わせて、何かを言おうとしている。彼女の唇が艶々とピンク色に輝いて綺麗だ。
「私ね……勇介君のことが……」
あ……まさか。伏見は自分の方から告白をしようとしてるのでは? このまま待てば、伏見の方から俺に告らせるという勝負に勝てるかも?
俺自身が勇気を振り絞って伏見に告らなくても、コイツの方から告ってくれれば、それはその方が楽だし。
──そうだ、そうしよう。伏見が告るのを待てばいい。それだけの話だ。
伏見もかなり勇気を振り絞ってるのだろう。真っ赤な顔をして、唇が『す』の形のまま固まってる。
『ふーん。勇介ぴょんって、やっぱりへたれだねー』
頭の中に有栖川の声が聞こえた気がした。
──そうだ。やっぱりだめだ。
俺がへたれとかそうじゃないとか、それはどうでもいい。
だけどここまで素直に俺と接しようとしてくれてる伏見に──こんなに俺のことを好きでいてくれてる伏見に、これ以上甘えてどうすんだ?
──それこそ男が
伏見から告らせるなんてダメだ。
やっぱり俺の方から先に、コイツに好きの気持ちを伝えなけりゃ。
「あ、ちょっと待って、伏見」
「えっ……?」
「やっぱり俺の方から先に言わせて」
伏見は頬が上気した顔を上げて、俺の目を見つめている。
「あのさ、伏見……」
──えーい、男、東雲勇介よ!
今こそ……今こそ勇気を振り絞って、自分の気持ちを伏見京香に伝えるんだ!
ビビるな俺! がんばれ、俺っ!!
「う……うん。なに……?」
「俺は……伏見が……」
伏見はまたごくりと唾を飲み込んだ。コイツの心の中も、きっとオロオロしながら『どーしよー! どーしよー!』なんて言ってるんだろう。早く伏見の気持ちを安心させてあげたいっ!
「だ……大好きだっ!!」
──出たっ! やっとその言葉が出た! やった!
「俺は、伏見京香が、大好きだ!」
「ふぇっ……?」
伏見は真っ赤な顔のまま、目ん玉を見開いて、口をぽかんと開けてる。
「俺が伝えたかったのは、そういうことだ」
やっと言えた……
伏見はどう答えてくれるだろうか……
心の中ではぴょんぴょんと飛び跳ねて、喜んでくれてるだろうか?
伏見はベンチに座ったまま、急に顔を下に向けて黙り込んだ。どうしたんだろう?
肩がぷるぷると震えてる。
もしかして……俺の告白は失敗か?
「勇介君!」
急に顔を上げた伏見の目には、涙がいっぱい溜まっている。
そして伏見はベンチからバッと立ち上がって、ニコッと笑顔を浮かべた。
「ありがとう! 私も……勇介君が大好きっ!」
──そっか……良かった。ホッとしたよ。
「あ、ありがとう、伏見。嬉しいよ」
「うん」
はにかんだ笑顔の伏見に、俺は一つだけ言っておきたいことがあった。
「あのさ、伏見。一つだけお願いがあるんだけど……」
「な、なに?」
「学校では伏見は、俺にいつも冷たく当たってるだろ。あれさ、もう少し優しく……って言うか、普通に接してくれないかなぁ……?」
「えっ?」
「だって今日の伏見って、素直で優しい感じで……すごく可愛いって思うんだよな」
「へっ?」
伏見は俺の『すごく可愛い』って言葉で、急におろおろとし始めた。
でも凄く嬉しそうな顔をしてる。心の中では、きっと小躍りして喜んでるに違いない。
「わ……わかった。でもね、勇介君」
「ん?」
「私って、根がクールだから、デレっとするなんてできないのよ」
ほぉ……どの口がそのセリフを言ってるんだ?
根はポンコツのデレっ子のくせに。
「だから学校では、他の人の目もあるから、あんまりデレッっとした姿は見せられないかも」
「そ、そうなのか?」
「うん。だけど……今までみたいにツンツンするのは、もうやめにする。でも素直で可愛い姿を見せるのは、勇介君と二人の時にしかできないけど……いいかな?」
──あ、伏見京香よ。今、自分で自分を『可愛い姿』なんて言っちゃってるぞ。
まあホントに可愛いんだから、良しとしよう。
あ、そうだ。学校の男子達全員が、『デレっとした伏見なら、最高にいい』って言ってた。
もしも伏見が素直で優しい姿を学校で見せたら、ライバルが大量発生しそうだ。それはそれで困る。
それなら学校では、今までとあまり変わりない方がいいよな。
「あ、ああ、いいよ」
「うん、わかった」
伏見は優しく微笑んで、うなずいた。
「伏見のそんな可愛い姿は、俺が独占できるってことだな」
「ふぇっ!?」
伏見はまた素っ頓狂な声を出して、顔を真っ赤にする。きっと心の中でも、悶絶して卒倒しそうなくらいに喜んでいるんだろう。
「じゃあさ、伏見。今からどっか、買い物でも行こうか? デートの続きだ」
「で、デート……? そ、そうね。勇介君が熱望するなら」
「おう、熱望する」
「わかった。行きましょう」
「それではお嬢様。参りましょうか」
俺がふざけた口調でそう言って、右手をすっと伏見に向かって伸ばした。
伏見はくすっと笑って、お姫様みたいに俺の指先をそっと握る。
「はい、参りましょう」
そのまま俺たちは手をつないで、公園を出て、駅前の商店街に向かった。
──俺に初めての彼女ができた。
俺はその事実が、まだ信じられない思いだ。
しかもそれが、学校一の美少女。
しかも一見、クールビューティ。
その実ポンコツでデレッ子で、実は素直で、可愛いヤツ。
そんな伏見京香が、俺の彼女だなんて。
──嬉しくて嬉しくて、天にも昇る気分だ。
『はぁ……ようやく、へたれを脱したねーっ』
どこからともなく、そんな有栖川の声が聞こえたような気がした。
さり気なく周りを見回したけど、有栖川の姿はない。
もしかしたら空耳かもしれない。
でも常識では考えられない力を持つ有栖川のことだから、遠くから俺に話しかけてきたのかもしれない。
──見たか、有栖川。
これが俺の実力だ!
『なに、偉そうに言ってんだかねぇーっ、勇介ぴょんは~?』
──あはは。冗談だよ、有栖川。
お前に、大、大、大感謝だ。
ありがとな。
そんなことを思いながら、手をつないで横を歩く伏見をふと見たら、伏見も見上げるようにして俺の方を向いた。
「勇介君、何を考えてるの?」
「ん? それはな……伏見京香って、なんでこんなに可愛いんだろうなって考えてたんだよ」
「ふぇっ?」
もう聞きなれた伏見の素っ頓狂な声。
その声を聞きながら、俺はとても幸せな気分に包まれた。
== 完 ==
========================
【あとがき】
本作はこれで完結です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
また次回作にてお会いしましょう。
【連載版だよーっ!】ある日突然他人の魂が見えて、本音が聞こえるようになりました。そしたら隣の席で俺に冷たく当たる美少女が、実は俺を惚れさせたくてツンデレを演じてるんだってことが筒抜けでわかってしまった 波瀾 紡 @Ryu---
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