第37話:伏見京香は素直に付いて来る

 有栖川綾と心の中で会話をしていて、伏見から名前を呼ばれて我に返った。そして伏見を見たら、今まで横に見えていた伏見のホログラムが見えなくなっていた。


 カフェの店内を見回すと、他の客のホログラムもまったく見えない。


 これは……

 さっき有栖川が言ってたように、魂が見える能力がなくなってしまったのか?


 いきなりかよ?

 これはやっべぇーぞ……


「勇介君……?」


 伏見は眉尻をさげて、情けない顔をしてる。

 ホログラムが見えなくなったから心の中はわからないが……


 俺が心の中で有栖川と話していて、つい伏見を放ったらかしにしてしまった。きっと伏見は、俺がつまらなさそうにしてると誤解して、心配になってるんだろう。


「伏見。何度もポーッとしてごめんな」


 俺はできるだけ優しい笑顔を心がけて、伏見に笑いかけた。


「あ、いえ……だ、大丈夫よ」

「あのさ、伏見。そろそろ店を出ないか?」

「えっ……? あ……」

「いや、誤解しないでくれ。帰りたがってるんじゃない。あのさ……その……伏見と二人きりで話したいな……なんてさ」

「ふっ、ふっ、二人っきり!?」


 伏見が急にあわあわしだした。

 ちょっと面白い。


 いつもならここでからかってやるところだけど、今はやめとこう。


「うん。ダメかな?」

「あの……えっと……勇介君が熱望するなら……」

「ああ、熱望する」


 力強く即答した。

 これくらいしないと、俺がさっきから上の空で、伏見に心配をかけてるからな。伏見も安心できないだろう。


「ふぇっ……? あ、あっ、そうなのね」

「いいかな?」

「う……うん」


 俺が『熱望する』なんて即答したから、伏見にとっては意外だったんだろう。これ以上ないくらい顔を真っ赤にして、コクリとうなずいた。





 カフェを出ると、伏見は「どこに行くの?」と訊いてきた。


「この前の公園に行かないか?」


 伏見が足首を痛めた時に、少し休憩をした公園がすぐ近くだ。あそこならほとんど人は居ないだろう。


「あ、うん。……いいけど」


 俺が急に、二人きりで話したいなんて言い出したもんだから、伏見は戸惑ってるようだ。


 もうホログラムが見えないから、細かな心の動きはわからない。


 しかし──

 前に体調不良でホログラムが見えなくなった時も、一生懸命伏見の気持ちを考えたら、想像できたじゃないか。


 だから今だってできるはずだ。

 心の中が見えなくたって、なんの問題もない……はずだ。


 ──やってやる。

 有栖川に向けて言ったように、俺の方からちゃんと伏見に告って、そして成功してやるんだ。


 俺は改めて、心にそう誓った。





 公園に着いて、この前座ったベンチに向かう。


「あ、伏見、座りなよ」

「あ、ありがとう」


 俺も伏見と並んでベンチに座る。

 いったい何が起こるのか、伏見はまだ訳がわからないみたいで、戸惑った表情を浮かべている。


 たぶん心の中なんか、思いっきりキョドってるに違いない。

 それは見えないんだけど、オロオロして訳のわからないことを叫んでる伏見のホログラムが頭に浮かぶ。


 そしたらなんだかほのぼのとした気持ちが湧いてきて、少し落ち着くことができた。


「あのさ、伏見……」

「な……なに?」


 恥ずかしくて伏見の顔を見れない。だから二人並んで座って、まっすぐ前を向いたまま、俺は伏見の名前を口にした。


 伏見もただならぬ雰囲気に緊張してるようで、同じように前を向いたまま答えるのが、視界の端に見える。


「俺と伏見が隣の席になって、そろそろ一ヶ月経つな」

「そ、そうね。それが……なにか?」

「もうすぐ次の席替えだな」

「あ……そうね……。勇介君は、何を言いたいのかな?」


 そう。さっき有栖川に言われるまで忘れてたけど、俺が他人の心が見えるようになってから一ヶ月が経つ。


 ということはつまり、席替えで伏見の隣になってから、もう一ヶ月ちょっとが経ったってことだ。


 ウチの担任は今までだいたい一ヶ月ごとに席替えをしてる。

 つまり、いつ席替えをしようと言い出すか、時間の問題だということだ。それは、もしかしたら明日かもしれない。


「もしも席が離れたらさ、今までよりも伏見と話す機会が減るかもしれないから……今のうちに言っとこうかと思ってな」

「な……なにを?」

「あ、その前に伏見。一つだけ訊いときたいんだけど……」

「な、なに?」


 今までコイツの心の中が見えてたんだから、間違いないとは思うんだが……

 万が一あれが有栖川が俺に見せてた幻で、事実とまったく違うものだったとしたら、目も当てられない。

 だから一応、念のために訊いておきたい。


「今の席になって最初から、伏見は俺にやたらと冷たくツンツン当たってくる気がするんだが……」

「そ……そうかしら? き、記憶にないけど」


 はっ? 何をすっとぼけてるんだよ、コイツは……


 ……まあ、いい。今はすっとぼけとかは重要じゃない。


「……念のために訊くけど、あれは……別に伏見は俺を大嫌い……とかじゃないよな?」

「えっ……? えっと……あの……その……」


 伏見は言い淀んでいる。

 でもこれは、心の中では『そんなことないよー! 勇介君のことは大好きだよーっ』なんて叫んでるけど、なんと答えたらいいのか悩んでる……


 ──というふうに思いたい。

 そうだよな伏見。間違いないよな?

 そして今は、頼むから訳のわからないツンツントークをしないでくれよ。


「あ、まあ、そうね。別に嫌い……ではないわよ」


 ──その言葉にホッとした。

 伏見の心の中は見えないけれど、今の答えは、俺の考えが間違ってないということだ。


 だからと言って、俺が伏見に告白しても、100%成功するという保証にはならない。

 だけど……『別に嫌いではない』という返事が聞けた。それだけ聞けたら充分だ。


 例え100%の成功確率でなくてもいい。

 俺は、有栖川が言うような『万が一にでもフラれるのをびびってる』なんてことはないんだ。


 俺は有栖川が言うような、へたれじゃない!


 今からそれを証明してやろうじゃないか。

 俺の勇姿を見とけよ有栖川。


 俺はベンチから立ち上がって、伏見の目の前に立った。伏見はきょとんとして、その美しい顔で俺を見上げる。


「あのさ、伏見。実はさ。えっと……」


 そこから先の言葉がなかなか出ない。

 ああ、ダメだーっ!

 やっぱり告白なんてできなーい!


 俺は……強がりを言ってたけど、やっぱり有栖川の言うとおり、へたれなんだと──今、自覚した。とほほ。

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