第36話:有栖川 綾は……?

『勝負に勝つとか言って、どんだけプライドが高いのー? あ、ホントは、万が一にでもフラれるのをびびってるんでしょー?』


 そんな声が突然聞こえて、周りを見たら、伏見の後ろ側に有栖川ありすがわ あやが座っているのを見つけた。


 そう言えば、さっきの声は有栖川の声だ。

 有栖川の隣には彼女のホログラムが立ってて、こちらを見てる。


 間違いない。あれは有栖川の声だったんだ。


 ──いや、待てよ。

 今まで、なぜか有栖川のホログラムだけは見えなくて、心の中の声も聞こえなかった。


 それが今は、普通にホログラムが見えている。なぜだ?


『勇介ぴょんって、案外へたれよねー! 伏見ちゃんはとうとう決意して、可愛くて素直な姿を勇介ぴょんに晒してるのに……それでもまだ勇介ぴょんは、自分から告るのは嫌だなんて、意地張ってるんだからねぇー』


 有栖川のホログラムが、俺を見てニヤニヤしてる。勇介ぴょんという呼び方からしても、この声は有栖川で間違いない。


 ──うっせぇ! 俺はへたれなんかじゃない!


 思わず有栖川に心の中で言い返してた。


『いや、どう考えてもへたれでしょっ!』


 ──はぁっ?

 失礼なことを言うな!


『失礼ってか、事実だし〜 あはは〜』


 ん?

 ちょっと待てよ。

 俺の思ってることも、相手に伝わってる?

 そうなのか、有栖川?


『そうだよーん。勇介ぴょん、ようやく気づいた?』


 ──えっ?

 ええっーっっっ!!??

 なんだってーっ!!!???


 マジか……


『うん、マジだよー』


 リアル有栖川は向こう向きに座ったままで、表情はわからない。

 だけどホログラム有栖川はこちらを向いて、ニヤニヤ笑ったまま、コクンとうなずいた。


 ──こ、コイツ……いったい何者なんだ?


『私? 私はねぇ……まあ、"いたずら天使"とでも名乗っとくよー』


 いたずら天使!?

 なんだそれ?


『なんだっていいじゃん。いたずら好きな天使だよーん』


 なんなんだ、いったい?


「あの……勇介君……? どうしたの?」


 ぼんやりして黙ったままの俺を不審に思って、伏見が声をかけてきた。


「あっ、いや……ごめん。ちょっと考えごとをしてた」

「あ……そう……」


 伏見は眉を寄せて、少し悲しげな顔をした。


『いやーん……勇介君、私と居て、つまらないのかなぁ……? もしかして、他の女の子のことを考えてるとか? 有栖川さんとか?』


 ホログラム伏見が心配そうな顔をした。


 ──あ、いや。

 ある意味正解だけど……

 お前が心配してるような意味で、有栖川のことを考えてたわけじゃない。


 でも伏見を心配させるのはよくないな。


「ごめんな伏見。お前と一緒に居られるなんて、夢みたいでポーッとしてたよ」

「えっ……?」


 リアル伏見の頬がポッと赤くなった。


『ふぇーん! 勇介君が……勇介君が……そんなことを言ってくれるなんて、嬉しすぎる〜!』


 あはは。ちょっと喜ばせ過ぎたかな?


『そんな表面的なことばっかり言ってないで、ちゃんと好きだって告白したら、どうなのかしらねー?』


 ──うっせぇ。大きなお世話だ。有栖川には関係ないだろ。


『ふーん。別にいいけどねー 魂が見える能力は1ヶ月くらいで効力が切れるから、そろそろ今日あたり、ヤバいかもよ〜 うふふ』


 ──なーにーっ!?

 マジかっー!?

 そんなこと、急に言われたって……


『なに言ってんのよ。伏見ちゃんの嫉妬心を煽ってみたり、カラオケで二人の空間を作ってあげたり、こっちだって色々してあげてるんだよー』


 ──いや、待て。

 この他人の魂が見える能力は、もしかして有栖川、お前のせいなのか?


『そうだよーん』


 それに今までの有栖川の行動は、俺と伏見をくっつけるためのものだってことか?


『まあ、簡単に言ったらそうだねぇー』


 ──有栖川はなんでそこまでしてくれるんだ?


『だって伏見ちゃんが、あんまりにも一途で一生懸命だから、可愛くってさぁ〜 ちょっといたずら心が刺激されたのさぁ』


 ホログラムの有栖川はニコニコしてる。嘘ではなさそうだ。


『でも勇介ぴょんが思ってた以上にへたれなんで、困ったちゃんだわー これで心の中が見えなくなったら、もう告白なんてぜーったいに無理だねぇ〜』


 へたれって言うな!

 俺は、へたれなんかじゃないし!


『そうは言っても、へたれでしょー?』


 よーし、わかった!

 やってやろうじゃないか。


 もう勝負だとか言って、向こうから告るのを待つのではなく、こっちから正々堂々と告ってやる。


『ふーん。ホントに勇介ぴょんにできるかなぁ……ふふふ』


 できるさ。見とけ、有栖川!


『じゃ、せいぜいがんばってちょ。じゃあね。あたしは行くわ〜』


 ──えっ……?

 実物の方の有栖川はすっと席から立ち上がって、スタスタと店を出て行ってしまった。


 それにしても、アイツはホントに何者なんだ?

 いたずら天使? ホントかよ?


 でも俺が他人の魂が見えることを知ってるし、何よりこうやって、テレパシーのように話ができてる。


 これは……

 俺の頭がおかしくなったんでなければ、有栖川の言うことはホントだと思わざるを得ない。


 その話が本当だとして、俺はこれから何をどうすればいいんだよ?


 正直に自分の気持ちと向き合って、改めて自分の気持ちを確かめてみる。


 今の俺は……

 伏見が好きだ。これは間違いない。


 だからさっき有栖川に言ったみたいに、俺の方から伏見に告白する。──そうしよう。


「ねぇ、勇介君」


 ──あ、また伏見を放ったらかしにしてた。マズい。


「あ、ごめん。またポーっとしてたな」


 そう言いながら伏見を見たら、今まで横に見えていた伏見のホログラムが……


 ──見えなくなっていた。

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